2006年06月29日

長い目でみること

物事、短期的に計画を立て考えるべきことと、長期的に考えてみた方がよいことがありますね。

人間の成長などに当てはめて考えると、爪は数日で目に見えて伸びるし、伸びたら切る必要があります。けれど、人が子供から大人になるには、二十歳が大人と考えるなら生まれて20年はかかるし、もっと個人差のある心の成熟みたいな部分にいたって考えると、それこそ人それぞれにかかる歳月は違うかもしれません。
考え方といった部分について、今日こう考えたから明日から変わるということもあるかもしれないし、でもまぁ、頭ではわかっても…みたいなことは案外あるもので、真の意味で身につくのはうんと先ということの方が多いような気はします。

具体的なことだと、試験勉強なんかもそう。どこかの学校へ入るために勉強しているという人は多いかもしれませんが、学校へ入ったらゴールじゃなく、人生は一生勉強とも言いますが、その先のその先のその先で、どんなものの考え方ができ、どんな実行ができる人間になれるかのため、本当は勉強していたりする気がします。
小さな日々の積み重ねの違いで、先の未来が変わることは間違いありませんが、一速飛びで大きな変化なんてことは起こらない。長い目でみることができるかどうかは、けっこう重要なことで、人の生き方や生き様にまで左右することが多かったりしますし、その人がその後残すものの違いにまでつながったりします。

デザインに関わることでも、明日から現実的に実行していく何かで変化することもあれば、かなり長期的な展望で見なければ変わらないようなこともいっぱいあります。
日本という国の抱える事柄なども、ひとりひとりの日々の積み重ねと、長期的な見方、どちらも大切だったりします。

人って、近視眼的に短期的に、物事をみてしまいやすいこと多いかもしれません。
例えば、昨今の株をめぐる騒動などでも、当事者も煽るマスコミも1年ほどの間で全てが一転したり。ネット上での人の考えの行き来なども、短期的な考えに陥りやすいところが多いように感じます。
声が大きな強烈な発信ほど、短期的な見方に偏りやすいことも多かったりします。
けれど、その時々の己の行動を見つめながら、日々の積み重ねの努力を怠ることなく、そして長期的に見れるかどうかの、このさじ加減、かなり大切であることは間違いなく、情報過多な時代の中、振り回されることなく振り回すことなくあることもまた、“大人”の示すべき道なのかもしれません。
よい手本というものは、無理やりつくってつくれるものではなく、自然に伝わるような中にこそ“真”のものがあるのかもしれません。
posted by Rin at 23:34| Comment(0) | TrackBack(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月26日

柳宗理氏の歩道橋跡地

柳宗理くずは歩道橋跡.jpg

地名としてや、ここがそうであったと、残されてはおりません。
けれど、かつて柳宗理氏デザインの歩道橋があったはずの場所です。
あったはず、というくらい、そこにあったということが残されていなかったことが、残念に思えました。

大阪・枚方市、くずはモールにその場所はあります。

くずはモール.jpg京阪電気鉄道が運営する商業施設である複合型ショッピングモール「くずはモール」は、1972年に京阪本線樟葉駅前にオープンしました。松坂屋・ダイエー・イズミヤの3店舗を核に専門店を集合させた、当時ではまだ珍しかった本格的なオープンモール型の商業施設で、駅前ロータリーから延びる道路上、ショッピングモールへの橋渡しにモールとともに造られた歩道橋が柳宗理氏デザインの歩道橋だったようです。
そして、施設全体の老朽化が進み、店舗の大型化も目指されることとなり、2004年3月にいったん閉鎖。2005年4月にリニューアルオープンされました。写真は現在のもの。
その時に、同じく老朽化の著しかった氏の歩道橋も姿を消し、新しい歩道橋が造られたようです。

過去、存在したその歩道橋の姿は、公式サイトに紹介されています。

アーチ型の歩道橋。
やさしい印象を与える優美なデザインながら、もしかすると、現在の社会状況の中、これをこの場で再現させられるかどうかは、ユニバーサルデザインといったことから考えますと、難しかったのかもしれません。けれど新しい歩道橋周辺に、過去、柳宗理氏の歩道橋があったという残像も何もなかったことが、なんだかとても残念に思えてしかたありませんでした。
歩道橋すぐ近く足元には、最初のくずはモールがオープンした時に建てられた、当時の京阪電気鉄道社長による“開物成務”という言葉の石碑がありました。一面が湿地帯であったこの地一帯を「くずはローズタウン」として開発された、その社会貢献が京阪電鉄の力によるものなのですから、それも残す必要なものでしょう。
ただ歩道橋のあった場所、それだけではなく、“ここにありましたよ”と、何か残せるものもあったのではないでしょうかと、思ってしまったのでした。
くずはモール、いいショッピングモールです。優秀なデザイナーの方によるデザインの専門店も、出店しています。店舗のデザインといったものは、建築物として残るようなものでない限り、どんどん変化し、後に残されることがほとんどないものです。そういったデザインも、確かにあります。
ですがだからこそ、日本のデザイン史にその名を残す優れたデザイナーの、数少ない環境デザインが、歴史を経てその場から完全に忘れ去られることが、これから先のデザイン史を考えてみても大きな損失のように思えてしまうのです。
現実的な実用性としては新しいものは必要であったとしても、そこで育った人の心の中(柳宗理氏の歩道橋だったことすら、ご存知でない方もおられるでしょうけれど)と、出版物や公式サイトのようなネット上にしか残らないこと、それがいずれ訪れる数々のデザインの運命であると考えるのは哀しく思えます。

時代の変化とともに、街を繁栄させていくための変化も必要なことです。
残せるものと残せないものも、確かにあると思います。
なくなってしまった後、訪れて、こんなこと書いていても遅いのでしょう。
ただ、そこを訪れて、なにも感じなかったように済ませてしまうこともできない気持ちで、こんなことを書いています。

くずは歩道橋上より.jpg<現在の歩道橋上からの景色>
posted by Rin at 20:04| Comment(2) | TrackBack(0) | 街角・風景 等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月25日

癒し

花.jpg

自然の美しさ、清らかさ。そこに安らぎあり。
posted by Rin at 02:58| Comment(3) | TrackBack(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月24日

マイ・アーキテクト

『マイ・アーキテクト/ルイス・カーンを探して』 、大阪・十三にある第七藝術劇場での最終日の金曜日、見てきました。
小さな映画館内、満員の状態。おそらく、建築関係者の方、多かったのではないかと思います。
いい映画でした。理屈抜きに。

父親探しの旅の末に見出すものは、父の残した、ひとつの国の人々の暮らしや文化をも変える、美しい偉大な建築の中にあった父の姿。宗教や国を超えて、完璧を追い求め、建築を成し遂げるために多くの人を愛し、身近な愛を欲した。ただならぬ精神力の裏にあった、一見いびつに見える交差する家族関係と、そこで貫かれ注がれた父への女性達の愛情と、父の家族への愛。

美しい建築を映し出す映像と共に、交差する人間関係と、息子がたどり着く建築が語りかける父親の姿が、切なく心を揺さぶります。
何かを超越してしまった先に見れる、本物の美が、ルイス・カーンの建築には宿っているということを、息子であるナサニエル氏が見出すことにより意味深くなる。この作品の意味深さも感じます。


それにしても今週は、家族や自分やデザインや・・・、いろいろなことを考える週でした。
サンタクロースについて書かせていただいた記事。案の定、伝わらなかったであろう部分も、あるブログを拝見して感じました。
わたしは仕事以外の自分を語ることをほとんど避けてきていますが、サンタクロースのお話をお聞きした後、デザインを結びつけて考えた時、どうしても自分を出さねば考え方を書けない部分がありました。でも、ほんの一部分しか出せなかった。当然、伝わらないだろうと思います。
サンタが母であったと書きましたが、わたしにとって母だけが頼りであったということでもあります。わたしは父のことをほとんど覚えていません。父はビジネスではちょっとだけそれなりのことを成していた人で、中央公論などの取材を受けたりすることもあった、そんな父しかわたしは知りません。
父と母が幼い頃に離婚して以降、現在に至るまで父に会ったこともありません。母がわたしを会わせないようにしていたわけでもなく、母から父の悪口ひとつ聞いたこともありません。そんな母の努力の甲斐あって、仕事における父について、どこか尊敬すらしてきました。父から、わたしを育てていく上での経済的援助などなくてもです。
母はわたしを鍵っ子にすることなく、家でトレースをしたり、手作りのアクセサリーを作ったり、様々な工夫と努力の上、短大まで出してくれました。本当は4年制の大学へ行くことも検討しましたし、高校の美術の先生には美大を進められ、担任の先生からは国立を受けることを進められもしました。奨学金を受けることも検討しましたが、現在の収入や離婚時の慰謝料まで尋ねられ、それを書類として母に書かせねばならないことで、母には何も告げず断念しました。

その後の人生、今、たいした収入もない無名の一人間として働き、母と自分の生活費を稼ぎ出しています。そう、でもわたしは幸せ者です。上を見ても、下を見ても、きりがない。そして、すべての今ある自分は、結局のところ、親のせいでも社会のせいでもない、誰のせいでもない自分自身によるものだと思っています。

デザイナーは、人と自分を比べたがる人が多いと感じます。デザインに関わる人々の、ブログ上などで著名な人による強い口調の批判の数々に感じてきたことは、その人の、より優れた人や自分より良い学校を卒業した人、あるいは自分より良い仕事を得ている人への嫉妬などからきていたり、自分自身を世間に売り込むためであったり、自分へ向かせるためであったり、そう感じるものが本当に多いと感じてきました。そうではない時もあっても、少し前まで、そう感じることの方が圧倒的に多かった。それが見えない人も多いでしょうし、本当の的も得ていれば批判に頷く人も多いことだろうと思います。
けれど、批判と批評は、本当に違います。その中心に自分がある限り、批判はいつか天に吐いたつばが自分に降りかかるように、本当の意味での美しさなどとは縁遠いところにたどり着く。人を欺けても、自分はごまかせない。
その程度の批判が大手を振って、すばらしい社会批評のような顔をしていることが、本当に多かったと感じてきました。大の大人の、わたしより人生の先輩の、わたしなどより遥かに稼ぎも多いであろう社会的な評価を受けてもいる男性の言葉、書いていることの裏側で痛いと叫びながら何を訴えたいのか、わたしはそういった感情には理解深いやさしい人にはなりきれない自分を、デザインが語られる中に見つけてしまった自分がいやでもあります。
こんなことを自らをさらけ出してまで書くことも、やめたい。


マイ・アーキテクトは、そんなことを感じるわたし自身のちっぽけさも見透かしてしまう、超越した世界の、人間と建築の関わりを物語ってくれました。
デザインの本当の美しさとは、どこにあるのか。
デザインにおける社会貢献とは、なんなのか。本物とは、なんなのか。
そして、人の幸せとは、なんなのか。

デザインを語ることの難しさも感じます。
posted by Rin at 23:18| Comment(0) | TrackBack(2) | 建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

次に向けて

サッカーは、とてもとても残念な結果となりましたね。
心から応援していたサッカーファンが意気消沈、悔し涙にくれる人も多かったことだろうと思います。
けれど、一番悔しい思いをしたのも、悔いが残ったのも、間違いなく選手の皆さんなわけで・・・。
この経験を、これからの日本のサッカーのためにぜひ活かして、世界へ向けてリベンジしてほしいと思います。


話は変わりますが・・・、
いろんなことを広く知りたい意欲は、様々な人のお話をお聞きする中で、どんどん深まっています。
何かひとつのことだけに止まったり、どこかひとつだけを中心に捉えたりはしたくない、そんな気持ちもあります。つながりは大切でも、それ以上への興味がつきるには、まだまだ早い自分自身を思うこの頃です。
ぱっと見た目より中身はより大事で、内容に興味が常に引かれていく、書き伝えられることもそんな風になれたらなぁと思います。デザインもそんな部分、大切かもしれませんね。

いやいや・・・、それってかなり大人になるということでもあるかも。
読み解くことも、書くことも、すでに大人であることも忘れないバランス感覚、養いたいものです。
posted by Rin at 11:34| Comment(0) | TrackBack(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月23日

サンタクロース

一昨日の夜、サンタクロースに会いに行きました。
D&DEPARTMENT大阪店での”Dの勉強会”に、参加させていただいたのです。勉強会は初参加、お店を訪れるのも久しぶりのことでした。行きたいなぁと思うことはしばしばなのですが、住んでいる方向が違うと、同じ大阪内なのに普段はなかなか行くことができなかったりです。

とても陽気でお話上手な、楽しいサンタさんの勉強会でした。
ここで、さて、どう記事に書かせていただこうか…、悩みました。お話くださった流れの大切な部分は、D&DEPARTMENTから発行されていらっしゃる小冊子『d』の中で、その代表であるナガオカさんがきめ細やかに書いていらっしゃいます。(今回、山元サンタさんを“氏”とはお呼びしたくなくて、いつもの書き方のナガオカ ケンメイ“氏”じゃなく、ナガオカさんです。敬意の気持ちは、今まで記事にさせていただいた方々と変わりないのですが。おや、書き方が違う…と、思う方もあるかもしれませんので、念のため…。)
そして、ここでわたし自身が感じたことを表現するには、もしかするとわたしのあらゆる囲いを全て払いのけなければ、伝わらないかもしれません。けれど今ここで、そこまでできそうになかったりです。

それぞれの人にとってのサンタクロースの意味を本気で解き明かして、どう考えどう感じるかを語ろうとする場合、おそらく生い立ちや生き方といった中にそれぞれの答えが隠れているように思います。
そして、わたしにとってのサンタクロースは、母でした。本当の幼いころのこととなりますと記憶がさだかではありませんので、サンタクロースという母ではない存在を思っていた頃もあったのかもしれません。でも覚えているかぎり、わたしのサンタは母で、サンタが母だったことをがっかりしたこともありませんでした。子供の頃、いつも一緒に過ごしているにもかかわらず、おおきなひらがなの子供の文字で、母によく手紙を書いたり交換日記したりしていたようです。それを未だに母は大切にとっていたりしますので、大人になった今それを見せられたりすると、ちょっと逃げ出したいような気恥ずかしさがあります。そんな中にクリスマスのプレゼントにかかわるやり取りもあったようで、母からプレゼントをもらい、わたしは母に“肩もみ切符”という手作りチケットとカードをよく渡していたようでした。わたしの数倍、気質がやさしい人である母との、平和でおだやかなクリスマス風景です。今も一緒に、クリスマスケーキやチキンやサラダを作り、楽しく過ごすことは変わらず続いています。

わたしは、幸せ者だったのだと思います。だからなのですが、日本のクリスマスが世界の中で、特別におかしいというような意識をしたことがありませんでした。クリスマスという日についてだけで考えると、確かに仏教国なのでおかしな部分がたくさんあるなぁと思います。なのですが、子供と大人をめぐる問題ということで考えた場合は、たくさんたくさん問題を抱えた日本の状況を思いながらも、日本だけが特別おかしいという意識は薄いかもしれません。なぜなら、一般的な家庭において、わたしの母だけが特別に子供への愛情が深い人ということはないと思うからです。
ごくごく普通に育った大人が、サンタクロースや子供への接し方を考える時、自分がどのように愛されたかを思い出してみることも、ひとつの手がかりにはなるかもしれません。

クリスマスという日のサンタクロースの存在は、その日をきっかけに、家族を大切にし、思いやりといった心や人の夢や希望を育む、そんな人の心を育てるための素敵な存在ですね。
もしかするとサンタクロースは、人を育て、人に育てられて、多くの経験を経て学び、その人の心の中、現れるのかもしれません。山元サンタさんが、サンタクロースとして活動する中で、様々な経験をされ、子供たちにサンタとして何ができるかを日々思いながら過ごされる中、“本物”のサンタクロースになっていかれるように・・・。

そして、人の暮らしの中でのデザインについて考えてみた時、人の幸せを育むための環境の、大切な一部であってほしい。そんなことを思います。無形の“心”を育てるために必要なカタチ。そのカタチを創り出せるのがデザインするという行為であってほしい。
古い良いものを守ることと、新しく創りだすことは、どちらも必要で、このバランスがこれからのデザイナーに必要とされることなのかもしれません。

山元サンタさん.jpg ナガオカさん.jpg


さぁ、これから、サッカーの応援です。
キャンドルナイトしながら(テレビの電源ONじゃ意味ないかな(苦笑))、サッカー応援しようかなどと考えています。

2006年06月21日

100万人のキャンドルナイト

100万人のキャンドルナイト-大阪.jpg

2006年の夏至の日の今日、6月21日夜、8時から10時の2時間、“みんなでいっせいにでんきを消しましょう”。そんな呼びかけのキャンドルナイト。
写真は、16日に先んじて、大阪の西梅田エリアで行われたキャンドルナイトの時のもの。大阪のデザインや美術学校の学生さん達のキャンドルアートが、会場となった街角に灯り、急ぎ足の人々もしばし足を止めて、キャンドルの灯りに癒されていたように思います。

今日、このイベントになんらかの形で参加できるかどうかわからない状況なのですが、地球環境を考える趣旨ではじまったイベントの意味には、賛同の気持ちでおります。
この日をきっかけに、この日だけではなく心に留めていく、そんなそれぞれのキャンドルナイトを皆様お過ごしください。

100万人のキャンドルナイト 公式サイト

2006年06月19日

ひとつではない答え

ブログという場は、個人の公開日記という場ですが、自分自身の一面を社会に向けてプレゼンテーションできる場でもあり、新しいコミュニケーションに繋がる場でもあります。最近では、企業やお店のマーケティング戦略にも使われていますね。

新しいコミュニケーションへと繋がる部分では、ブログで多少やり取りしたことがある人とリアルで知り合えるという、そんなきっかけづくりが出来る場でもあるかもしれません。
先週末の土曜日、神戸でエアライン物やアパレル系を中心とした商品を扱う「NOTAM」というお店の2周年記念のトークショーがあり、そのゲストがブログ上で何度かやり取りさせていただいたことのあった柳本浩市氏ということで、一度ご挨拶でもできればと思いお伺いしてきました。

このブログをずっとご覧いただいている方は、過去どういったやり取りがあったかといったことをご存知の方も多いことと思います。お顔が見えないやり取りは難しいなぁということを、きっと柳本氏も感じられたことだろうやり取りでしたから、わたし自身もどんな方だろうかという部分もあれば、どんな人間と意見のやり取りしていたかの良くも悪くも印象をお伝えできればみたいな部分もありました。すばらしいきっかけをつくれるブログは、その人の基本的な考え方を理解しやすい場ではありますが、本物の生の声からでなければ理解できない部分もやはり沢山あります。

最近、雑誌などでお見かけすることも多い柳本氏ですが、一般的に知られている部分の“こういう方です”的、メディア的なご紹介みたいな部分での、“コレクター”とか“お買い物”ですごい方といった内容より、やはりご本人の生の声のお話の方が共感できることが多いように思いました。
おそらく、あまりご存知でない方に、個性的特徴的な部分を簡単に説明しようとすると“コレクター”といった表現になるのかもしれませんが、柳本氏ご自身もおっしゃっていましたが、それとはちょっと違うようです。
ご自分の興味のアンテナにビビっときたものを大量集められたり、とっておかれたり、けれど、ただ集めるのではなく、それらをいつも次のビジネスのアイデアにどこか繋げて考えておられるようです。

あと、印象に残ったお話に、出版なさっているエアライングラフィックを集めた『Departure』という本には、掲載されているチケットなどについて、細かな説明を載せておられないということがありました。本を手にとった、それぞれの人々の感性で感じ取ることが違う部分を大切にしてのことと、お話なさっておられました。

わたしがデザインの批判について懐疑的である理由のひとつに、このデザインについて感じることが人によって違うという、ある人にとっては批判的に感じられるデザインが、ある人にはすごく素敵であったりすることも多々あるということもあったりします。美しいものの真理はひとつに近いかもしれませんが、デザインを感じ取る感性の答えはひとつではなく、人それぞれであったりもします。
そして、あらゆるデザインのそれぞれの専門的な知識を絡めて考えてみなければ、カタチだけでは語れない理由がある場合もあり、そこまでは語られてはいないことが多いということもあります。
実際、デザインについて語ることは、とても難しいことでもありますね。
絶対的な正解も絶対的な間違いも、短期的にも長期的にも人の生命を危険にさらすようなものについて以外、言い切って語ることは難しいように感じます。(と書いたりすると、戦争関連のデザインを持ち出される方もおられるかもしれませんので先に書いておきますが、それはまた別の理論のように感じます。)
絶対なんてことがないから、批判できるかどうかをある程度の知名度をもって語る時には、それぞれのご意見をひいてひいていろんな角度で眺めて考えてみることも忘れない方がいいですよ…というのが、わたしの考え方かもしれません。

また、人の考え方も変化していくので、以前と今では“考え方の答え”は違うといったこともあったりと、答えがひとつではないことって、ほんと多いですね。
だから以前と違って、こういうこと書いてますが、わたし自身もひとつの答えにこだわったりもしすぎない、客観的に自分についても眺められるよう試行錯誤しています。

と、そんなことも、また改めて考えみたりのトークをお聞きできた、そんな週末でした。
(そして最近は、そういう考え方には、ご共感いただける方も増えてきているように感じていたりなのですが・…。)

NOTAMトークショー1.jpg NOTAMトークショー2.jpg

2006年06月11日

八咫烏(ヤタガラス)

サッカーワールドカップが開幕しましたね。
日本代表の初戦・対オーストラリア戦が、明日に迫っています。

さて、ご存知の方も多いことと思いますが、ご存知ない方も“ふーん・・・”と、ちょっと楽しめるお話をひとつ。

JFAシンボルマーク.jpg日本代表メンバーの胸に輝くシンボル、日本サッカー協会のシンボルマークは、“八咫烏”という「古事記」「日本書紀」といった日本神話の中に登場する、神様のお使いの3本足の烏です。

天照大神(あまてらすおおみかみ)の子孫であるイワレヒコが、美しい国があると言われる東で都をつくろうと日向国(現在の九州・宮崎県)を発ち、大和国(現在の奈良県)を平定し、初代天皇・神武天皇に即位するまでの神武東征の物語の中で八咫烏は登場します。
神武東征の折、熊野から大和に攻め入る道中でイワレヒコ率いる東征軍が道に迷い、その時、この八咫烏が天から遣わされて大和まで道案内するのです。そしてその後、イワレヒコは勝利し、大和を平定していきます。

つまり、日本建国の物語の中、初代天皇となったイワレヒコを勝利へと導くため道案内をした神様のお使いの烏が、サッカーワールドカップ日本代表のシンボルマークでもあるのです。
こういう意味もわかると、なんだかすごく力強いシンボルマークに思えますよね。

最近、少しづつ書かせていただいている「エキサイトism」さんのウィキにも、開幕日に“八咫烏”についてを投稿させていただきました。3本足の意味や、なぜ日本サッカー協会のシンボルになったかなども、まとめてそちらへ書かせていただいています。

日本代表を、勝利へ、良い試合へ、導いてほしいですね。
がんばれ!日本!!
posted by Rin at 13:43| Comment(3) | TrackBack(8) | デザイン全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月08日

お絵かき

薔薇.jpg

昔は、趣味で水彩画などを、よく描いたりしました。
花瓶の花をスケッチしたり。絵を描いて過ごす時間、なかなかいいものです。
ですが最近は、それほどのゆったりとした時間がない・・・。で、そんな時間がないときの気分転換で、チャチャっと描けちゃうのがPHOTOSHOPといったソフトを使ってだったりします。CADで図面描いたりの合間、10分くらいの気分転換でもお絵かきできてしまう手軽さ。絵の具で手を汚すこともなく、後片付けの必要もなく。けっこう好きな気分転換方法です。上のものも、そんな感じで描いたもの。

“大人の塗り絵”が、ひそかにブームだそうです。
脳の活性化や、リラクゼーション効果もあるのだとか。
書店で、サクラクーピーペンシルとセットになった商品が販売されていたりします。手で塗ることが大切なのかもしれませんね、脳の活性化のためには。
あっ、塗り絵のための下書きをPHOTOSHOPでつくってみるの、いいかもなぁ。
塗り絵のダウンロードサイトもあるようですね。
posted by Rin at 23:34| Comment(7) | TrackBack(1) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月06日

創造力を生かすための計画

大阪駅周辺は現在あちこち、再開発や新ビル建設の只中にあります。
駅周辺でのビルの高層化は、ますます進んでいくようです。
そこへ誘致されるテナントが決まっていて、入る施設の必要性や街の活性化、それらをすべて踏まえた上での開発である・・・、本当にそうあってほしいと思いながら、工事中の仮囲い横を通り過ぎていたりでもあります。

昔は、そこまで考えたことがなかったかもしれません。
高層ビル最上階のレストランでの食事や、展望台から眺める夜景、そういった場所で今でも楽しんだりもありますし、好きでもあるのです。
ただ、大阪の街を歩いていると、街としてのトータルした計画性、それがもっとあっても良いような、そんな気持ちがふつふつと沸いてくる時がなぜかあることも否めなかったりします。それは東京もどこも、もはや同じことなのかもしれませんが、個々ばらばらの開発をまとめることができたなら、街はもっと素敵になるのではないか・・・、そんなそれこそ個人の力だけではどうしようもなさそうなことを、今はただ、つらつらと書いています。

大阪で最も高さのあるビルのひとつ、WTC。未だ、日本全体でも5本の指に入る高層ビルではないかと思います。昔、携わっていた仕事の関係で、まだ出来上がる前のWTCのヘリポート部分、屋上の現場足場に上らせていただいたことがあります。地上256mの天辺、足場で鳶職さんがまだお仕事しているような時です。おそらく2度とない経験ではないかと思いますし、そこそこ大型の工事現場内、吹き抜け部分の足場や脚立に女性が上ることも本来は嫌がられる(実際、事故などに繋がっては大変ですから)ものですので、あの現場で最上部に上ったことがある女性というのも、他いないのではないかという気がします。あの時、上ってみることを許可くださった現場の方に、ずっと感謝していたりします。
ガラス越しではない高層ビルの頂上、WTCは大阪南港という海に面していますから、そこから海を眺めたわけです。とても美しかった。これは本当にそうでした。写真に残すことができなかったのでそれが悔やまれますが、心の記憶にある、そのWTCからの景色は、人間がものを創りだせる力を最大限に発揮している場所からのものであり、“自然”ではない場所であることを肌で感じるものでした。
ひとつのビルを建てることに携わった方々の力も想いも、並々ならないものがあるということも、わたしは肌で感じる機会をいただいたのでもあると思います。

そして、時を経て、思うのかもしれません。
創り出す人々の力を、無駄にしてはいけないのだということも。そのためにも、“計画”がいかに大切かということも。
WTCは、残念ながら現在、大手企業がテナントとして撤退後、大阪市がなんとか使うことで成り立っています。創ったからには、なんとかしていかなくてはならないのです。
先日少々記事にさせていただいた神戸空港などもそうです。創ったからには、良いものとなっていってほしいし、そうでなくてはならないはずです。

大阪の街の活性化は、実際、とても必要なことであると思っています。どのように開発されていくか、楽しみにしながら見守っているひとりでもあります。
そして、計画することも実行していくことも、また、その計画の重要性も、本当はここで書いたり言ったりできるほど簡単なことではなく、そのために今も必死に働く人々がいることを忘れてはならないということも思ってもいます。

府や市の力、企業の力、そして市民府民の力、その中のちっぽけなひとつであっても、この先なにかできることもないだろうかと、ふと漠然とではありますが考えることがあるこの頃です。
posted by Rin at 20:49| Comment(6) | TrackBack(1) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月03日

フラワーロード・マリンエア

神戸花時計.jpg

神戸のメインロード「フラワーロード」沿いは、その名にふさわしく、花々があちこち綺麗に植えられています。
神戸市役所横の花時計は、スイスのジュネーブにあるイギリス公園の花時計をモデルにして、昭和32年に日本で初めて創られた花時計だそうです。
季節々で、あしらう花とデザインも変えていかれているとのこと。この写真のデザインは、5月に行われた神戸まつりのシンボルキャラクターの“元気くん”です。もうすぐ、またデザインが変わるようです。
市役所でも、窓辺に植えられた花が綺麗に咲いていました。そんな風景は、とても和みますね。
神戸市役所−花2.jpg フラワーロード.jpg


神戸空港.jpg神戸市といえば、今年2月16日、神戸空港が開港しましたね。
「マリンエア」と名づけられた空港。海をいっぱい感じられるかな?と思ったのですが、展望台から遠くに海は広がっていました。けれど、飛行機をひと目見て帰ろうという人で、展望台はびっしり埋まっていました。
つくられるまでに賛否両論様々だったようですが、出来たからには順調に神戸で愛される空港になっていってほしいものです。
空港から車での帰り道、神戸の街の向こうに見える山並みの緑が鮮やかでした。花、そして海と山を感じる街、神戸。
神戸空港にて.jpg 神戸空港帰り道.jpg


震災から11年。神戸は、美しく復興を遂げています。
震災の時、すっかり崩れてしまった市役所も今、こうして窓辺に綺麗な花を見ることができる。花の美しい生命力が、神戸では人の“生きる”力として感じることができます。

ジャワ島で起こった震災で、また数多くの方が犠牲となっています。
神戸で震災の被害に遭い、ご両親を亡くされたりした子供達が立派に成長しながら、今、ジャワ島での震災遺児のための募金活動をされているというニュースを拝見し、胸の痛みとともに生きる勇気を感じるような気がしました。

【あしながジャワ震災遺児募金】
http://www.ashinaga.org/main7_5_1.php
posted by Rin at 21:34| Comment(0) | TrackBack(1) | 街角・風景 等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。