2007年04月28日

彷徨えるデザイン

衣食住、人が人らしく生きるために必要とされる最低限の条件からはじまる事柄ですが、デザインはこれらについて、いかに生きやすく使いやすくするかの模索から始まった行為ではないかと思います。
そんな原点から、生活への潤いを創り出すプラスαの要素が加わり、ある時は国と国、宗教と宗教の対立抗争などで持てる力を発揮するための道具を産み出すような行為などにも加わり、平和で物が溢れる時代の変化の中にあっては、心の内の表現のようなアートの世界への入口の扉をも叩かんとしています。

東京で、いくつかの展示会を見てきました。
デザインとは何ぞや、その問いに対する答えにつまるような、そんな時代になりつつあるような気がしました。本当はそうではないのかもしれませんが、表現者としてのデザイナーの意識が、どの方向性へ進んだらいいのかを試行錯誤しているように感じたのです。
東京ミッドタウンのデザインハブで行われていた企画展で、年代ごとにずらっと並んだ日本のプロダクトデザイン。そして、チョコレート展。青山でのSENSEWARE。
すでに使いやすさにおいて整理されることが繰り返されてきたようなモノたちへ、より進化を求められるデザイナーの行くべき先をはっきりと見出している人は、それほど多くはないのかもしれません。

デザインにおける、わかりやすさとは、万人にそのものの持つ意味がわかりやすいということにあるのだと思います。例えば、白い冷蔵庫といった家電がわかりやすくてよいとされ買われるのは、白さやシンプルさがどのような部屋にも合わせやすいと万人に簡単に想像がつくという意味によるものです。白くてシンプルなかたちであるからではないのです。
かたちの単純明快さが万人にわかりやすいかと言えば、それは少し違うように思います。単純なかたちが、もし表現者の心の内から発せらた感性の次元のものであった場合、伝わる人には伝わるし、伝わらない人には伝わらない。そういうものではないでしょうか。それが複雑なかたちや表現であれば、なおいっそうそうなります。その次元は、そのかたちから放たれるエネルギーが美であったり、力強さであったりすれば、アートの領域へ入るようにも思います。

以前、TVで放送されていたある番組で、チョコレートをコンセプトにイマジネーションの世界を広げるということについて、安藤忠雄氏が深澤直人氏に、“皆に理解をされようとすることは絶望的ですね”といったようなことを言っておられ、深澤氏が苦笑いしておられたことがありました。お二人の間だからいいようなおっしゃりようですが、あながち、万人の声と重ならないことでもないのです。
けれど、今を生きるデザイナーの創作活動に、チョコレート展で展開しているような発想力は、必要とされるところにデザインの領域がきていることもあるのだと思います。
深澤氏のプラマイゼロにも応用されている部分でもあるのだと思います。
そして、その展示で、それでもやはりさすがだと思ったのは、生活者の視点としてのデザインを、深澤氏はご自身の作品においてどの内容のものにも忘れてはおらず、デザインとアートのギリギリのラインでの鬩ぎあいの中で、デザイナーとしての意味づけができる部分を確実に残されていることを感じました。

21_21の中、これからも使われていくものとして、チョコレート色のスツールがいくつか配されていました。これまでなら、チョコレート色ではなく、ダークオーク調色とでも表現されたかもしれません。
展示会のためだけではないデザインとしての意味合いが、このスツールには生まれていました。深澤氏の展示作品の中には、こういった要素が含まれていたようにも思います。

万人に向けること、と同時に様々な場面の要求に応じられること、多様化していくデザインを取り巻く時代の流れの中、“何が求められていて、そのかたちが必要であるのか”の意味だけは、見失うことなくあることもデザイナーがデザイナーたるための砦なのかもしれません。
posted by Rin at 23:40| Comment(4) | TrackBack(3) | デザイン全般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月15日

風林.jpg

其疾如風
其徐如林
侵掠如火
不動如山
難知如陰
動如雷震


その疾きこと風の如く
その徐なること林の如く
侵掠すること火の如く
動かざること山の如く
知りがたきこと陰の如く
動くこと雷の震うが如し


孫子の兵法。
戦国武将・武田信玄率いる武田軍の軍旗に使われたことでも知られる「風林火山」。現在、放送されている大河ドラマでも、武田の軍師として活躍した山本勘助の半生とともに、知られるところとなっていますね。ドラマでは、その原作である井上靖の描いた「風林火山」よりも若い頃からの山本勘助がフレッシュな魅力を華って登場していますが、これはこれでけっこう面白いと思いながら観ています。
山岡荘八の歴史小説「徳川家康」が、ビジネスマン(どちらかと言えば経営者向け)のバイブルのように言われ、ベストセラーとなったこともあったようですが、人の歴史の中から現在に伝えられる言葉や言動の中には、その背景を置き換えてみても学ぶところある意味深いものを感じること、多いように思います。
人の歴史にロマンあり。

少々、話は違いますが、
過去があり、現在があり、未来がある。
現在しか見えていなければ、大きなことなどやり遂せない。
現在しか語れない人は、大きなことを成し遂げたこともなければ、これからどうすればいいかも経験の無さから見えていないことが多いようにも感じられることがあります。
ビジネスであれば、本当に大きなプロジェクトなどに現在進行形で関わっている人は、現状をうかつには語れない人は多いと思います。
過去だけでも、現在だけでも、未来だけでもなく、理想や夢だけでもない地に足がついた行動には、どの時点への視点へも融通がきくような視野が必要に思えます。
posted by Rin at 23:40| Comment(2) | TrackBack(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月08日

長かった桜待ち

伊右衛門のれん200703.jpg

昨年も同じような暖簾広告を通勤電車で見かけたように思いますが、今年、この広告を見かけて写真を撮ったのは先月3月の中旬でした。1週間くらい見かけ、その後は見ていません。
電車内の吊り広告としては、なかなか楽しいデザインで勝負の広告で、吊り広告のデザイン改革も期待できるかなと思えるものですが、お花見を意識した広告として、登場の時期が番狂わせになってしまったことが否めないように思います。
桜前線予報の計算違いもさることながら、気温の変化の著しさが災いして、お花見に関係するビジネスにも大きな影響が出ていたことでしょう。この広告の早々のお出ましと引き上げも、そのひとつでしょうね。

関西での桜は、今ようやく満開となっています。
春、桜を愛でる日本の四季の移ろいの中にも、地球温暖化の影響がひしひしと感じられるようになっているということ、危機感をもって出来ることを行動する必要性を、咲きそうで咲かない蕾の桜が、この1ヶ月ほど訴えていたのかもしれませんね。

200704桜.jpg

posted by Rin at 13:34| Comment(3) | TrackBack(2) | 街角・風景 等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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