2006年01月07日

日本橋 三越本店

昨年12月10日の東京散策には、まだ続きがある。
日本橋三井タワーを観て廻ったら、同じ中央通り沿いに並ぶ三越は観ておきたかった。
わたしは東京生まれなのだが、と言うものの小学校からは関西なので、幼い頃の東京でのはっきりした記憶はないに等しい。その後も、日本橋の三越を訪れる機会がなかった。だが、母から話には聞いてきており、歴史的建造物でもある現在の本館の、30代の娘を持つ母世代が若かりし頃の様子は、一歩足を踏み入れた時の空気感も集る客層も、高級というか上品だったそうだ。今はどんな高級ブランドブティックなどでも、ジーンズにTシャツ姿でブラブラと観て廻ることも可能な時代なので、百貨店はさらに大衆化している傾向だが、建物の歴史が醸し出すものは変らないものがある。

【住所】東京都中央区日本橋室町1-4-1
【TEL】03-3241-3311
【営業時間】AM10:00〜PM7:30
※福島別館(トラベルセンター、ユニフォームショップ)
 ・本館屋上(チェルシーガーデン):AM11:00〜PM7:00
※新館9階・新館10階のレストラン:AM11:00〜PM10:00

【経営者】且O越
<本館>
【開店】1914.09.15 <新築>
【設計】横河民輔
<新館>
【開店】2004.10.11 <増築>
【設計】建築・内装:清水建設一級建築士事務所
内装:三越環境サービス店舗デザイン営業部
【施工】建築・内装:清水・大成・鹿島・佐藤・三井住友建設JV
内装:三越環境サービス店舗デザイン営業部
[新館:商店建築 2005.01掲載]

【関連HP】http://www.mitsukoshi.co.jp/nihombashi/

創業は1673年の夏、現在の日本銀行がある辺りで、呉服店「越後屋」の開店から始まる。その10年のち、呉服店と両替店(現在の三井住友銀行)を併設して営んでおり、それゆえ三井とは縁が深い。一時は合資会社三井呉服店でもあった。日本橋三井タワーのマンダリン オリエンタル 東京でのコンセプトが考えられるにあたって、三越の存在からくる着物のイメージが着目されたことは以前の記事でも触れたが、三井と三越の縁の深さはこのようなところでもわかる。
そして1904年に株式会社三越呉服店となり、この時、初代専務に就任した日比翁助氏が、「デパートメント宣言」を行い、日本初の百貨店となった。

三越日本橋店本館1.jpg 三越日本橋店本館2.jpg 三越日本橋店本館3.jpg 三越日本橋店本館4.jpg

現在の本館が完成したのは1914年。設計を行った建築家・横河民輔氏は、アメリカでデパート建築を学んだそうで、日本初のエスカレーターやエレベーターも設置し、近代百貨店としての形態も完成させたものだった。ルネサンス様式が特徴となっているこの建物は、当時、“スエズ運河以東最大の建築”と称されたという。
ルネサンス様式にふさわしく構えられた、入り口前のライオン像といえば三越だが、この日本橋のライオン像は、東京名所にまでなっているとも言える。
本館の見どころは、なんといっても中央ホールだと思うが、1階から5階までという非常に高さのある、広々とした吹き抜けとなっており、一面に敷き詰められた大理石と天井のステンドグラスが美しく、1999年には東京都選定の「歴史的建造物」にも指定されている。
また、同じく中央ホールにそびえ立つ「まごころ」という名の天女像は、彫刻家・佐藤玄々氏によるもので、1960年に創立50周年を記念して設置されたものということだ。この天女が「まごころ」という名であるところが、やはり老舗百貨店らしい、サービスへの社を挙げての想いも込められたものだったのだろう。


三越日本橋店新館1.jpg 三越日本橋店新館2.jpg 三越日本橋店新館3.jpg 三越日本橋店新館4.jpg 

そして、一昨年2004年10月に新館がオープンした。1904年のデパートメントストア宣言の100周年にあたる、三越としては記念すべき年であったわけだ。また折りしも、日本橋周辺が次々と再開発されていく中にもあって、話題性はさらに大きく、年齢層が高いであろう長年の固定客とともに、新しく若い年代層へもアピールするものとなっているようだ。
先日行われた箱根駅伝の復路ゴール近く、この三越の角を選手達が曲がって帰ってくるコースにあったが、駅伝を夢中になって見ていたにもかかわらず、三越の外観もふと目にとまったくらいなので、角地の三角のアールは印象に残りやすいものかもしれない。
新館が出来たことにより、ただ新しくではなく、日本橋の文化や日本の粋をさらに100年後へ受け継いでいくことを考えた、本館・新館ともに、プレステージ・デパートメントストアを目指していくとのことだ。
デザイン面では本館のデザインを意識的に取り込み、伝統も大切にした設計がなされている。2Fの中央通り側には、ゆとりと落ち着きのある広いレストスペースも設けられ、商品とともに、サービスとしても変らぬクオリティーを、このようなところで表現しているように感じた。

今、日本橋界隈は、本当に話題の多い場所となっている。
昨年12月26日に行われた小泉首相と奥田碩日本経団連会長の会談での、日本橋の伝統的な景観を取り戻すため、橋をかぶさる形で走っている首都高速道路を地下にもぐらせるなどして高架を撤去する構想の実現への前向き姿勢発言でも、さらにこの界隈への話題が高まっているように思う。
当ブログへのアクセス履歴を見ていても、検索ワードが“日本橋”でのアクセスが、ここしばらく多くなっていた。いかに関心が高まっているかということだ。
また、「COREDO日本橋アネックス広場」は、2005年度のグッドデザイン賞も受賞している。こちらも三井不動産による開発である。(COREDO日本橋へは、今回足を延ばす時間がなかったので、また改めて訪れて記事にしたい。)

景観問題も含め、まだまだ日本橋から目が離せない。


この記事へのコメント
Rin様
東京の下町生まれ、下町育ちの私には松屋や松坂屋と比べると、日本橋三越は敷居の高いものでした。三越と聞くとなにかおめかしをして訪れる様な、普段着では決して行けないような感じがしていました。
そして成人してから訪れる日本橋・京橋エリアは、三越や高島屋に代表されるような大型百貨店、丸善などの専門店、そして裏路地にある味わい深い老舗たる路面店などなど、他のエリアにはない奥行きの深さが魅力の街であることを知りました。
昨今の日本橋再開発の動きは歴史あるこの街をどのように変えていくのかとても興味を持っております。
Posted by FORM at 2006年01月07日 20:50
FORM様

コメント、ありがとうございます。

再開発によって、ただ新しいものを建てていく
というのではなく、FORM様もおっしゃられてい
るような日本橋の歴史もある奥行きの深い街の
様子を、美しく守って後世に残せるような、
そんな開発であってほしいなと思います。

今のところ、三井や三越のように、その地に
愛情を持ってもいるところによる開発では、
そういったことについて重きをおいて取り
組まれているように思えますので、橋の景観
問題を含めてこれからの動きが気になるところ
ですね。

この次、東京を訪れる機会のある時は、もう
少し周辺を散策してみたいなと思っています。

Posted by Rin at 2006年01月08日 01:07
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック

コレド日本橋B街区公開空地リニューアル
Excerpt: 2005年度建築・環境デザイン部門でグッドデザイン賞を受賞した「コレド日本橋B街
Weblog: グッドデザイン賞主催者公式ウェブログ
Tracked: 2006-01-17 10:42

コレド日本橋B街区公開空地リニューアル
Excerpt: 2005年度建築・環境デザイン部門でグッドデザイン賞を受賞した「コレド日本橋B街
Weblog: グッドデザイン賞主催者公式ウェブログ
Tracked: 2006-02-12 17:46
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。