2006年03月15日

できることから始めてみる

インハウス(企業)デザイナーであるか、フリーの(独立している)デザイナーであるか。
インハウスデザイナーという言葉も最近になって使われ出した言葉で、様々な方々の間で語られる部分でもありますね。先だって記事にさせていただいたシンポジウムでも、話題になっていた内容でもあります。

いろんな経験をしてきて、いろんな方々とお会いもしてきて思うことですが、インハウスかそうでないかの間に感覚的なレベル差というのは、そうはないように感じています。根本的に、デザイナーとして目指さなければならないことは同じだからです。デザインとアートの違いが、そこにもあるように思います。
デザインは商業活動の一環に成り立ち、ユーザーのために行われるという部分が大きい。もちろん、家庭内でデザインにこだわってみるといったこともありますが、それはまた別次元で語られるお話です。

先日から就職に悩む方のお話を聞く機会がけっこうあるのですが、デザイナーの問題に限らず、仕事をするということでの姿勢や生き方は、今までもそうでしたがこれからの時代は特に、企業人であるなしとかではなく、個人一人一人の能力をいかに伸ばせるか、それが最も重要であるように思います。人を伸ばせられる企業は企業としても伸びるし、自分を伸ばせる人はどこに所属するかではなく、何かしらの形で社会に貢献していくことができます。
これ、かなり大切なことです。

もうひとつ、
身近なことを見直してみることを社会でお勧めしていく中に、日本の中でのデザインのありようを変えられる力も潜んでいると感じることがあります。
美しく住まうこと、美しいデザインを創り上げることへの第一歩も、身近なこと、できることから始めてみることは、とても意味があり、誰でも参加できることです。
誰でも参加できる、自分にもできる…、そう思うこと、思わせることができる活動は、社会的な効果も最も高いように思います。
デザイナーは化学者ではないから、今、世の中にある素材を駆使して、様々な形を創り出します。
その感覚は、デザイナーでなければ出来ないことではないのです。
たとえ100円ショップで買ってきた花瓶でも、そこに花を一輪かざりテーブルに添えてみようと思うような心を育むことから始めてみることが、飾ってみた人がいずれもっと素敵な何かに出会えることに繋がり、さらに社会でのデザイン意識や美しい日本の姿にも繋がっていくのではないかと、わたしは思います。
そんなささやかなことから、素敵な自分創りも始まっていくのかもしれませんよね。


posted by Rin at 23:34| Comment(6) | TrackBack(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
その、「就職で悩む方」です。
最近の柳本さんとRinさんのブログを行き来して、ふむふむ・・・とじっくり味わいながら読ませて頂いてました。

自分としては、次の就職先も、今後も編集の世界で生きていきたいと考えています。
それで、こうやってブログを介していろんなやりとりが行われているのを、すごく楽しんでいるのです。
いろんな方がおもしろい主張を発信し、すごい良いやりとりが行われ、いろんなことを考えさせられるわけです。
ブログで行われている内容を、本というメディアで伝える時に、どのように伝えたらいいのか、あんまりまだ考えられてないのですが、やっぱり本として物質化して残す必要があると考えています。
本を作るときには広告主のことも考えないといけないのでしょうが、ただの広告雑誌になってはいけないですね。
デザインのことをまじめに考えた雑誌、作りたいです。
メディアはそういう義務もあると思います。
本日、某デザイン雑誌を出版している会社の一次面接を受けてきました。
三次までありますが、受かったら、僕、やりますよっ!
Posted by makoto at 2006年03月16日 00:30
makoto様

こんばんは。
就職に悩む方のお話、makotoさんだけではない
んですよ。
makotoさん、がんばってくださいね。
そして、お話をお聞きした他の方々も、本当に
がんばってください。心から応援しています。

デザインについて残すための編集や書くことに
関わるようなお仕事、今、わたしもとても興味
をもっています。
これから先の人生の中で、携わる機会を考えたい
とも考えつつあります。
さて、どうなることでしょう。(苦笑)

それぞれの経験を、それぞれに活かしていける
よう、目指していきましょうね。
Posted by Rin at 2006年03月16日 00:50
こんばんは。
>誰でも参加できる
すごく感じます。というかそうでなければならないと思っています。
私の場合、まちなみや景観づくりからの視点になりますが、美しさ=分かりやすさ(=とするのはかなり乱暴ですが)に近いと思っています。
デザインは決して高尚なものではなく、その良さを専門家に理解してもらうのと同じレベルで、例えば近所のおばちゃんにも理解してもらえるようなものかどうかではないかと。
(高尚なものではないと書くと、また乱暴ですが、精魂込めてデザインすることには変わりありません)
なんだか的外れなコメントになりましたね。すみません。
Posted by shotam at 2006年03月16日 01:01
shotam様

いいえ、おっしゃられていること、とてもよく
わかりますよ。
手の届かないところにあるのではないんですよ
ね。身近な街角にも生活の中にも、昔から存在
してきているもの、元々そういうものなのです
から。

日本社会と風土の中で、日本人が本来もっている
もので、すばらしいデザイン感覚はたくさんあり
ます。
ついつい、それを見失いがち。
わたしが「大阪から発信する」という別室を
作ってみたのも、そういった根本を見つめ直して
みる、きっかけ作りの気持ちもあってのことでした。

大阪見直し隊も、がんばりましょうね。(^^)
Posted by Rin at 2006年03月16日 01:19
Rinさん。
 
僕は間違っているかもしれないけど、これからも信念を持ってタブーでも何でも発言していくと思います。どうしても「そうですね」「その通りです」というコメントばかりだと、自分の感覚が無意識にずれてしまっている事があります。そういう意味で、Rinさんとやり取り出来る事は、自分にも刺激になり、客観的に正す事ができますし、多分見ていただいている人にも何か摩擦は起こっている気がします。(現にこのやりとりはいつものアクセスの倍になってますよ。)
 
こうやって見落としていた部分や意識的に避けていた部分に向かい合って、まさにRinさんのおっしゃる「できることからはじめる」事が大切でしょうね。これからも、突っ込み(笑)お願いしますね。
Posted by metabolism at 2006年03月16日 08:19
柳本様(metabolism様)

やり取りについて、そう言っていただけること
恐縮です。
お書きになっておられたこと、柳本さまの素直な
ご感想で、“metabolism”でのコメントにも書か
せていただきましたが、経験の違いからくる見え
方の違いであって、間違っているとかそういう
ものではないと思っています。
わたしの知らないことを柳本さまはたくさん
ご経験されていて、それがわたしにも刺激と勉強
になっていますし、わたしもまた違った立場で見て
きた経験からお話できる部分もあるかと、そういっ
た部分で書かせていただいています。

あのようにやり取りしていく姿勢で行っていく
ことは、それなりに精神力などもいることと思い
ますが、単なる批判には終わらせない、批評や
発見に繋がる部分でもあると思います。

こちらこそ、今後ともよろしくお願い申し上げ
ます。m(__)m
Posted by Rin at 2006年03月16日 12:27
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック