2006年03月20日

根本

たまたま、わたしが見てきた周りが、常にそういう人々が多かったというだけなのかもしれないが、自分の会社に対しては無頓着でも、得意先に対しては、その要望に対して真剣に取り組む人々が多かった。
でも考えてみると、得意先に対して一生懸命であれば、それが自然に会社のためにも、自分のためにもなっている。
広告の世界でも、建築の世界でも、内装の世界でも・・・、制作の現場側では、そんなインハウスデザイナー達が多かった。今もそうである。
プロダクトでも、得意先が一般ユーザーに変化するだけで、そう変わりはないような気はする。
ただ会社によって、できることの範囲などが制限されてくる場合がある。それが所属するということの壁であったりで、だがこれも人によってはクリアしてしまう人もある。
独立された個人でも、その実力に応じて、できることの範囲は違うだろう。
また、できる範囲もすべて縛られず、自分で考えたい人々が、独立されていくようにも思う。

バブルがはじけてここ数年、デザインの業界でも、倒産の憂き目を見た企業はたくさんある。得意先の事情により、やった仕事の支払いがなされなかったといった経験を、他の業界と同じように経験している会社もたくさんあることだろう。
リストラもそうである。
デザインは、それを必要とする側の経済状況によっても、できることできないことが変わってくる。社会の経済状況とも密接に絡んでいる。
コストの削減につぐ、削減。デザイナーが望む望まないに関わらず、それが要求されることは多々ある。
社会的な知名度とも絡んでくることもあるかもしれないが、・・・だが、これらの諸問題は、インハウスかそうでないかに関係なく、起こる問題でもある。
こんなことも、ほんの一部分。

インハウスかそうでないかは、それほど大きな問題ではないように思っている。インハウスであれ、独立であれ、できる人はできるし、やる人はやる、できない人はできないし、やらない人はやらない。
どちらの場合も、問題点が、見えている人は見えているし、見えていない人は見えていない。


posted by Rin at 00:18| Comment(0) | TrackBack(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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