2006年03月20日

根本 U

デザインは、デザイナーのものではない。
なにかのデザインがあったとして、
そのデザインを伝え広めた人のものでもない。

ひと目ぼれで、あるいは永く使ってみて、
良いと感じた人にとって、
良ければ良いデザイン。
理屈じゃない・・・。

著名なデザイナーのものでも、
無名なデザイナーのものでも。

論じられることは、後からついてくる。
何か違う・・・。


そう感じる今日この頃。


デザインは、デザイナーのものではない、けれど、
良いものがデザインされていくために、
デザイナーは無心に自分を信じなければできないときがある。
本当に・・・、デザインをしていくことに、
元気を得られるようなもの、与えられるようなものが
読みたくなってきた。

ものについての良し悪しだけでなく、
デザイナーの心が置いてきぼりにならないものも、
あっていいのではないだろうか・・・。
デザイナーが伝えたい言葉を、正確に伝えられる、
そういうものも書きたい・・・。
そんな力がほしい。


posted by Rin at 02:47| Comment(5) | TrackBack(0) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
何を言ったら良いかわかりませんが。

私は、デザイナーの力を信じています。
デザイナーのおかげで、世の中は潤っていくのだと、人々が幸せになっていくのだと、私は信じています。
技術者の私は、たぶんデザイナーに一番近い場所にいる一人です。
なので、声を大にして言いたいです。

デザインは必要です。

大切、大事、などではなく、必要なのです。
デザインのない世界はないのですから。


Posted by 大森 崇博 at 2006年03月20日 11:17
大森 崇博 様

はじめまして。

そして…、ありがとうございます。
今一番、誰かから、お聞きしたかった言葉です。
わたしも、声を大にして…言いたかったことです。

大切、大事だとかじゃなく、論じられたりするまで
もない、「必要」…。
Posted by Rin at 2006年03月20日 12:07
過去一度お目にかかっている者です。
理屈ばかり先走るようなメディアに顔がきく人間を前に、本当に言いたいこと全部言えるデザイナーがどれくらいいるかと言ったら、それほどいないんじゃないかと思いますよ。そんな人情さえわからないで極論も議論もあったものじゃない。だから反発する人がいる。メディア側にいる人間は肝に銘じるべきです。様々な立場に立って考えるということ。メディア側同士身内同士で、その通りと馴れ合ってもデザインやデザイナーについてわかるものでもないだろうに。
貴女が言いたかった気持ちをわかるデザイナーは沢山いると思います。僕は多分、議論議論と言っていたメディア人達より長くデザイナーやっていますが、ああだこうだとどこかで言われる前に、使ってくれてる人達が答えをくれていますよ。
まったく、柳さんだったらどう答えるだろうかとも思いましたね。デザイナーの問題を正義感振りかざした屁理屈でやりあう場や人に、僕だったら書いてほしいとは思わないですがね。自分のデザインについて。
元気出してください。先にひどいこと言っていたのは貴女じゃない。貴女なりの立場から書き続けてみて下さい。これからも楽しみにしています。
Posted by north at 2006年03月20日 20:09
ご挨拶忘れてました。
すみません。
改めて。
はじめまして。
大森と申します。
metabolismにて、
コメントを拝見させて頂きまして、
なんだか、いてもたってもいられなく、
metabolismではなく、
こちらに書き込みしてしまいました。
なんだかややこしいですねぇ。

私は、コメントにも書きましたが、
技術職の人間です。
デザイナーさんと一緒に物作りしてます。
なので、あの問いかけに対する、
Rinさまの対応に、
納得といいますか、共感といいますか、
したんですね。
私が思うに、
物を作ったり、絵を描いたりする事、
なにかを生み出す行為だけではないと思うのです。デザインとは。
私は、生活のほとんどにデザインって絡んでくると思うんですよ。
今、世の中にある、物や事、
目に見えないことでさえ、
デザインされてると思います。
デザインの起源は、
人が誕生してから、
もう始まっているとも思うのです。
大袈裟ですね〜私。

なので、metabolismの、
あの問いかけはまるで、
「どうして人を殺してはいけないの?」
と、いった質問と同じように受け取ってしまいました。
何でそんな事きくの?なんで?なんで?
と少し悲しく思いました。
主観ばかりですみません。
デザインが不要なわけないですよね。

藤崎様のmetabolism内でのコメントですが、
「デザインって必要か?」と
問い続ける必要があると、仰っていましたが、
私が思うに、それは、
「このデザインって必要?」と
問い続けるべきだと思うのです。
この二つの問いかけは、えらく違うと思います。
平和だって必要ですよ。
その平和の形は、人それぞれ違いがあっても、
必ず必要なんだと思うのです、
デザインも平和も。

外野が騒いですみませんでした。
理屈(屁理屈?)がすきなんですね、
たぶん男性は。私も?
Posted by 大森 崇博 at 2006年03月20日 21:07
 north様
 大森 崇博様

コメント、ありがとうございます。
ご心配をおかけしてしまった部分、申し訳なく思って
おります。
そして、お気遣いを、心から感謝しております。

ただ、色々、反省もしております。

それでも少々申し添えさせていただきますと、表面的に、
柳本氏の「デザインって本当に必要?」でのわたしの
コメントだけで感じ取られてしまう部分では、タイトルに
のみ反応しているよう、受け取られてしまうかもしれま
せん。事実そうでもあり、大森さんがコメントくださって
いらっしゃいますように、問いかけ方が違うということ
だけは、強く思っております。

けれど、それだけで疲れてしまって、タイトルに反応して
いると感じ取られるコメントに終止してしまったのでは
ないのです。
深澤氏に物申すという記事からの一連で、彼が言いた
かった部分は、わたしによってかき消されてしまった
部分もあって、ゆえに逆に彼にはわたしが言わんとした
かったことはお読み取りいただけていない・・・そう感じ
ました部分もあったから、なおという心理でした。

言葉は難しい、本当にそう痛感しております。

柳本氏のデザインへの世界観は、満たされすぎた以上
からくる、さらなる欲求、その部分もかなりお強い方の
ように感じております。
デザインされたものについて言えば、彼のブログや他の
ブログでのコメントで取り上げてお書きになっている
ものは、一般的な部分のものより、そうではないもの
の方が多いことも確かです。
共感されておられる方も、それだけではないと思って
おりますが、「それ以上」の部分を求めての共感の色は
濃いように思います。
けれど、氏は北欧ブームの火付け役の一人でもいらっしゃ
いましたが、そのブーム自体もデザインブームの形先行
の上に則って創り上げられているからこそ、成り立って
もいます。彼が意図したものは、そういったブームでは
なかったかもしれないですが、実際は北欧家具を家庭内
では上手くは使えない、揃えて買うことなどできない
消費者の上で、成り立っているのも事実です。

確かに、デザインの世界でのデザイン性の底上げに、
「それ以上」は常に必要な部分でもあるとも思ってもおり
ます。
ならば、その、おわかりになっている部分だけでの強い
批判であれば、納得はできます。


ここで改めて申し上げますが、深澤氏などは、それ以上
の必要性も、逆にそれでは手に入らないけれど求めて
いる部分の人々の心理も、わかっておられると思って
います。
だからこその内容で、それもこれからなのだと思います。

そして、今回の矛先は、インハウスデザイナーにも向けら
れていましたが、柳本氏がデザイナーである必要はありま
せんが、メディア側におられる人として、そこに言及を
するには、あまりにも現実的なことをわかっておられ
なさ過ぎる、知識がなさ過ぎると感じました。
その部分に、わたしは繰り返しメッセージを送らんと
しておりましたが、悲しいかな、彼が主張したい部分
とは相逸れる部分もあって、伝わらないということを
今回の記事で改めて感じたのでした。
賛成意見に対しては、意味を理解することも、聞き取る
ことも容易だけれど、その反対の部分や、ましてや経験
していない部分の心情への理解は誰しも難しいという
ことだと思います。
そして、これは自戒もこめる部分でもあるとも思って
おります。

そして、たとえブログでも、読む人は様々です。
だからこそ、言葉の意味も大切です。
強い主張ならなおのこと、そう思います。
メディアでも名が通る方なら、なおです。わたしが、
「辞書」と持ち出したのも、そういった心理です。それ
でも失礼でもあったと、反省もしております。


わたし自身は、もっともっと、「デザイン」は一般的な
部分での語りかけ合いや興味をもってもらうこと、
その上でようやく、「それ以上」がデザインに反映される
のではないか・・・そのように思っております。
もののあふれた時代であっても、ものの使い方への問われ
方の方が遥かに、「それ以上」より先に必要にも感じて
おります。淘汰されるにしてもです。
そして、そのことを一番身にしみてわかっているのは、
メディア側ではなく、デザイナーや技術者、創っている
現場側の方が多いとも感じております。

案外、形の批判は簡単だとも思っています。
良いところが、どう良いかを言葉で表現することの方が、
本当のところ、言葉での批判より難しいとも思っています。

自戒もこめ、書く以上は、どの状況で、どの時点で書く
かも、どんな書き方をするかも大切で、批判の前に考える
必要性を、改めて思っております。
Posted by Rin at 2006年03月21日 08:59
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