2007年05月12日

気品

上品さを表す言葉も色々ありますが、本物の“品”は、心に宿り、かたちを成すように思います。
例えば、どんなに品あるものだと言われるものでその身を飾っても、包み隠された中に品位ある心を身につけていなければなんにもならない。
それは、透けて見えてしまうものなのだと思います。

人の行動の“品”について考える時よく思い出すことに、太宰 治の「斜陽」に出てくる没落貴族である主人公の母の言動が描かれている中での、“おむすびがおいしいのは、人間の指で握りしめて作るから”と当時の上流階級の作法では考えられない手で食べることを何気なく行っても品があるというくだりがあります。
育ちからくるものだと言ってしまえばそこまでですが、これも同じような育ちなら誰でもできるというものではなく、おおらかに、それでいて気高く、美しく磨かれた心、精神が外に滲み出てのことだということを、作品を通しても感じるものです。
そういえば、「風と共に去りぬ」のスカーレット・オハラの母も、娘であるスカーレットがあこがれる貴婦人です。明日は母の日だということもあって、つながって思い出します。

自我に邪念・邪推、いろいろなものがあって、わたしも本物にはあこがれどもほど遠く・・・。


デザインにおける“品”も、どのような意味を持たせようとした心が注がれて、たどり着いたかたちなのかによっても変わるような気がします。
そうして出来上がったデザインを、どのように使われるようにしていくのか、どのように使うのか、そんな心のあり様がかたちの“品”をも左右していくのかもしれませんね。
posted by Rin at 16:00| Comment(4) | TrackBack(1) | つぶやき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「おおらか」って最近触れる事が少なかったです。
がトンボ帰りの田舎で久しぶりに体感です。
・・・・ゆっくりと流れる時間と関係が有るのでしょうね。
Posted by raku at 2007年05月13日 00:07
raku様

“おおらか”さって、ほんと大切なことだと、
自戒をこめても思うことです。
本当に“品”のある人は、まわりの状況に
左右されない心のゆとりがあるんですよね。
思いやりややさしさの視点にもつながるもの
でもありますし・・・。
気分転換のできるメリハリのある時間も必要
ですよね。
Posted by Rin at 2007年05月13日 11:40
Rinさん、いいお話をありがとう。
身に沁みました。
過去の「育ち」は変えられないけれど未来は気の持ちようですものね。
また、「かたちをつくる心のあり様」、ぶれないコンセプトや持続的気持ちの入れ方はデザインの上で重要だってこと、思い出しました。
Posted by ring at 2007年05月13日 18:51
ring様

有意義なGWを過ごされて、その後また、
お忙しい日々の中をおられるのではないか
と思います。お疲れ様です。

ぶれないコンセプトや持続的気持ちの入れ方、
長い目で見なければならないものほど、デザ
インをしていく上でも本当に大切な部分です
よね。
たやすいことではないのですが、どんなこと
でも、最後にはやってよかったと胸をはって
言えるところに辿り着きたいと、最近思うこと
が多いです。
なんだか、そう辿り着けるようにしていくこと
が、もっともっと先のことになるでしょうけれ
ど、本当の“品”のあることにも近づけること
なのかもしれないと思っています。
Posted by Rin at 2007年05月13日 19:55
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コンラッドホテルのフォント
Excerpt: 最近美しいなぁと思っているものがひとつあります。これまたなかなか品が良いんですね。 あとミツビシモータースの看板も好きです。シンプルで、かっこいいです。
Weblog: くだらないことに愛を込めて・・・blog
Tracked: 2007-05-12 23:33
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