2006年06月23日

サンタクロース

一昨日の夜、サンタクロースに会いに行きました。
D&DEPARTMENT大阪店での”Dの勉強会”に、参加させていただいたのです。勉強会は初参加、お店を訪れるのも久しぶりのことでした。行きたいなぁと思うことはしばしばなのですが、住んでいる方向が違うと、同じ大阪内なのに普段はなかなか行くことができなかったりです。

とても陽気でお話上手な、楽しいサンタさんの勉強会でした。
ここで、さて、どう記事に書かせていただこうか…、悩みました。お話くださった流れの大切な部分は、D&DEPARTMENTから発行されていらっしゃる小冊子『d』の中で、その代表であるナガオカさんがきめ細やかに書いていらっしゃいます。(今回、山元サンタさんを“氏”とはお呼びしたくなくて、いつもの書き方のナガオカ ケンメイ“氏”じゃなく、ナガオカさんです。敬意の気持ちは、今まで記事にさせていただいた方々と変わりないのですが。おや、書き方が違う…と、思う方もあるかもしれませんので、念のため…。)
そして、ここでわたし自身が感じたことを表現するには、もしかするとわたしのあらゆる囲いを全て払いのけなければ、伝わらないかもしれません。けれど今ここで、そこまでできそうになかったりです。

それぞれの人にとってのサンタクロースの意味を本気で解き明かして、どう考えどう感じるかを語ろうとする場合、おそらく生い立ちや生き方といった中にそれぞれの答えが隠れているように思います。
そして、わたしにとってのサンタクロースは、母でした。本当の幼いころのこととなりますと記憶がさだかではありませんので、サンタクロースという母ではない存在を思っていた頃もあったのかもしれません。でも覚えているかぎり、わたしのサンタは母で、サンタが母だったことをがっかりしたこともありませんでした。子供の頃、いつも一緒に過ごしているにもかかわらず、おおきなひらがなの子供の文字で、母によく手紙を書いたり交換日記したりしていたようです。それを未だに母は大切にとっていたりしますので、大人になった今それを見せられたりすると、ちょっと逃げ出したいような気恥ずかしさがあります。そんな中にクリスマスのプレゼントにかかわるやり取りもあったようで、母からプレゼントをもらい、わたしは母に“肩もみ切符”という手作りチケットとカードをよく渡していたようでした。わたしの数倍、気質がやさしい人である母との、平和でおだやかなクリスマス風景です。今も一緒に、クリスマスケーキやチキンやサラダを作り、楽しく過ごすことは変わらず続いています。

わたしは、幸せ者だったのだと思います。だからなのですが、日本のクリスマスが世界の中で、特別におかしいというような意識をしたことがありませんでした。クリスマスという日についてだけで考えると、確かに仏教国なのでおかしな部分がたくさんあるなぁと思います。なのですが、子供と大人をめぐる問題ということで考えた場合は、たくさんたくさん問題を抱えた日本の状況を思いながらも、日本だけが特別おかしいという意識は薄いかもしれません。なぜなら、一般的な家庭において、わたしの母だけが特別に子供への愛情が深い人ということはないと思うからです。
ごくごく普通に育った大人が、サンタクロースや子供への接し方を考える時、自分がどのように愛されたかを思い出してみることも、ひとつの手がかりにはなるかもしれません。

クリスマスという日のサンタクロースの存在は、その日をきっかけに、家族を大切にし、思いやりといった心や人の夢や希望を育む、そんな人の心を育てるための素敵な存在ですね。
もしかするとサンタクロースは、人を育て、人に育てられて、多くの経験を経て学び、その人の心の中、現れるのかもしれません。山元サンタさんが、サンタクロースとして活動する中で、様々な経験をされ、子供たちにサンタとして何ができるかを日々思いながら過ごされる中、“本物”のサンタクロースになっていかれるように・・・。

そして、人の暮らしの中でのデザインについて考えてみた時、人の幸せを育むための環境の、大切な一部であってほしい。そんなことを思います。無形の“心”を育てるために必要なカタチ。そのカタチを創り出せるのがデザインするという行為であってほしい。
古い良いものを守ることと、新しく創りだすことは、どちらも必要で、このバランスがこれからのデザイナーに必要とされることなのかもしれません。

山元サンタさん.jpg ナガオカさん.jpg


さぁ、これから、サッカーの応援です。
キャンドルナイトしながら(テレビの電源ONじゃ意味ないかな(苦笑))、サッカー応援しようかなどと考えています。

2006年06月21日

100万人のキャンドルナイト

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2006年の夏至の日の今日、6月21日夜、8時から10時の2時間、“みんなでいっせいにでんきを消しましょう”。そんな呼びかけのキャンドルナイト。
写真は、16日に先んじて、大阪の西梅田エリアで行われたキャンドルナイトの時のもの。大阪のデザインや美術学校の学生さん達のキャンドルアートが、会場となった街角に灯り、急ぎ足の人々もしばし足を止めて、キャンドルの灯りに癒されていたように思います。

今日、このイベントになんらかの形で参加できるかどうかわからない状況なのですが、地球環境を考える趣旨ではじまったイベントの意味には、賛同の気持ちでおります。
この日をきっかけに、この日だけではなく心に留めていく、そんなそれぞれのキャンドルナイトを皆様お過ごしください。

100万人のキャンドルナイト 公式サイト

2006年06月19日

ひとつではない答え

ブログという場は、個人の公開日記という場ですが、自分自身の一面を社会に向けてプレゼンテーションできる場でもあり、新しいコミュニケーションに繋がる場でもあります。最近では、企業やお店のマーケティング戦略にも使われていますね。

新しいコミュニケーションへと繋がる部分では、ブログで多少やり取りしたことがある人とリアルで知り合えるという、そんなきっかけづくりが出来る場でもあるかもしれません。
先週末の土曜日、神戸でエアライン物やアパレル系を中心とした商品を扱う「NOTAM」というお店の2周年記念のトークショーがあり、そのゲストがブログ上で何度かやり取りさせていただいたことのあった柳本浩市氏ということで、一度ご挨拶でもできればと思いお伺いしてきました。

このブログをずっとご覧いただいている方は、過去どういったやり取りがあったかといったことをご存知の方も多いことと思います。お顔が見えないやり取りは難しいなぁということを、きっと柳本氏も感じられたことだろうやり取りでしたから、わたし自身もどんな方だろうかという部分もあれば、どんな人間と意見のやり取りしていたかの良くも悪くも印象をお伝えできればみたいな部分もありました。すばらしいきっかけをつくれるブログは、その人の基本的な考え方を理解しやすい場ではありますが、本物の生の声からでなければ理解できない部分もやはり沢山あります。

最近、雑誌などでお見かけすることも多い柳本氏ですが、一般的に知られている部分の“こういう方です”的、メディア的なご紹介みたいな部分での、“コレクター”とか“お買い物”ですごい方といった内容より、やはりご本人の生の声のお話の方が共感できることが多いように思いました。
おそらく、あまりご存知でない方に、個性的特徴的な部分を簡単に説明しようとすると“コレクター”といった表現になるのかもしれませんが、柳本氏ご自身もおっしゃっていましたが、それとはちょっと違うようです。
ご自分の興味のアンテナにビビっときたものを大量集められたり、とっておかれたり、けれど、ただ集めるのではなく、それらをいつも次のビジネスのアイデアにどこか繋げて考えておられるようです。

あと、印象に残ったお話に、出版なさっているエアライングラフィックを集めた『Departure』という本には、掲載されているチケットなどについて、細かな説明を載せておられないということがありました。本を手にとった、それぞれの人々の感性で感じ取ることが違う部分を大切にしてのことと、お話なさっておられました。

わたしがデザインの批判について懐疑的である理由のひとつに、このデザインについて感じることが人によって違うという、ある人にとっては批判的に感じられるデザインが、ある人にはすごく素敵であったりすることも多々あるということもあったりします。美しいものの真理はひとつに近いかもしれませんが、デザインを感じ取る感性の答えはひとつではなく、人それぞれであったりもします。
そして、あらゆるデザインのそれぞれの専門的な知識を絡めて考えてみなければ、カタチだけでは語れない理由がある場合もあり、そこまでは語られてはいないことが多いということもあります。
実際、デザインについて語ることは、とても難しいことでもありますね。
絶対的な正解も絶対的な間違いも、短期的にも長期的にも人の生命を危険にさらすようなものについて以外、言い切って語ることは難しいように感じます。(と書いたりすると、戦争関連のデザインを持ち出される方もおられるかもしれませんので先に書いておきますが、それはまた別の理論のように感じます。)
絶対なんてことがないから、批判できるかどうかをある程度の知名度をもって語る時には、それぞれのご意見をひいてひいていろんな角度で眺めて考えてみることも忘れない方がいいですよ…というのが、わたしの考え方かもしれません。

また、人の考え方も変化していくので、以前と今では“考え方の答え”は違うといったこともあったりと、答えがひとつではないことって、ほんと多いですね。
だから以前と違って、こういうこと書いてますが、わたし自身もひとつの答えにこだわったりもしすぎない、客観的に自分についても眺められるよう試行錯誤しています。

と、そんなことも、また改めて考えみたりのトークをお聞きできた、そんな週末でした。
(そして最近は、そういう考え方には、ご共感いただける方も増えてきているように感じていたりなのですが・…。)

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2006年04月02日

「デザインの部屋」塚本由晴氏

デザインの部屋-塚本由晴氏.jpg昨日は、岡田栄造氏主催のミニ・シンポジウム「デザインの部屋」の第5回目に参加させていただいた。場所は前回と同じ京都のSferaビル。今回のゲストは建築家・塚本由晴氏。岡田氏にとって、「デザインの部屋」での年上のゲストの方は初めてのことだったとか。しかも、この日がお二人の初対面の日でもあったそうで、そんな緊張感もはらみつつも、なごやかなシンポジウムが立ち見も大勢の大入り状態で進められた。

塚本由晴氏と貝島桃代氏のアトリエ・ワンの作品集「アトリエ・ワン・フロム・ポスト・バブル・シティ」が、3月20日に発売されている。わたしが読ませていただいているブログを書いておられる方の中にも、この作品集を予約購入されている方もおられるくらいなので、現在、若手の建築士の方で、その影響を少なからず受けておられる方も多いのではないだろうか。
今回のお話の中でも、この作品集についても触れておられたが、誰か第三者の眼から創られたものではない手作り感というか、そういった肌触りのようなものが作品集全体に一貫したものがあり、お話から感じる建築への取り組みも、携わってこられた建築そのものも、“人”あってこそといった“人間”を感じられるもののように改めて感じた。

塚本氏は、バブル真っ只中の1987年のころ、日本を離れパリに1年留学されておられたそうだ。そしてパリから帰国後の大学院時代にアトリエ・ワンを貝島氏と設立されておられるが、パリ留学のご経験と大学院時代に学んでおられたことは、その後の建築への取り組みに大きく影響なさっておられるようにお話から感じられた。
ハウス&アトリエ・ワン.jpg 大学院では非常に深く建築を洞察する建築構成論を、徹底して学んでおられたという。室と室の関係、内部と外部の関係、それぞれの接続関係、それらの要素を観察し分析することで見えてくる建築の良し悪し。良い建築は、これらの意味づけがやはりきちんとなされているということだった。その意味づけの裏には、“人”がある。住宅であれば、まさに個人のものであるが、住宅に限らず“個”である人の行動、その現象を観察突きつめ、用途によって最もあった空間を成立させることに、それぞれがのびのびと生き活きることができる空間が成り立つことも語っておられるようにも思えた。
それをご自分たちに当てはめて実践しておられるのが、ご自宅兼事務所の“ハウス&アトリエ・ワン”なのかもしれない。

そして、いったん日本を離れて、外から日本をご覧になってみての想いのようなもの。これらは「メイド・イン・トーキョー」といったものに、結びつくように思う。

最近、わたしが漠然とした疑問や不安に感じていたようなことにも、実は今回のお話で勇気づけられた部分があった。
わたしは大きな意味でのデザインについて、どうも自分の中での結論を一足飛びに導き出してしまったり、それがあながち間違っているとも思えなかったりがあるのだが、答えはひとつではないけれど、自分の考えもそれはそれで間違ってもいないかな・・・、そう思えるものがお話の中にあったのだった。
うまく説明しにくいのだが・・・。
わたし以外でも、またそれぞれに、アトリエ・ワンが発信なさってこられたものに、勇気づけられた人は多いように思う。
そしてわたし自身としては、うまく説明しにくい部分についてを、一足飛びな結論だけではなく、理論立てて歴史などにも基づいて語れるようになれる勉強が必要なものかもしれないと思っている。
プロセスの大切さも、お話の中にも出てきた。そういった勉強を続けていく上で、わたしなりの発信も活かされるようになりたいものである。


アトリエ・ワンの今後のご活躍にも、目が離せない。

<塚本由晴様、作品集へのサイン、ありがとうございました。大切にしながら、今、じっくり拝読させていただいております。
岡田栄造様、お疲れ様でした。デザインの部屋でのお話、大変勉強になります。>







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2006年02月25日

それぞれのデザイン 〜ベンチでトーク〜

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ベンチでトーク1.jpg
23日、大阪市中央公会堂・大ホールで行われたJCD(日本商環境設計家協会)と大光電機且蜊テによるシンポジウム、「それぞれのデザイン 〜ベンチでトーク〜」に参加してきました。
東京と大阪の2箇所で行われた大阪編。パネリストは、 デザインジャーナリストの山本雅也氏、乃村工藝社のデザイナーでおられる小坂 竜氏、新進気鋭デザイナーの佐藤オオキ氏、そしてゲストパネリストに建築家の関 聡志氏という方々を集め、まとめ役のコーディネーターにデザイナーの間宮吉彦氏を据えてのディスカッションでした。東京では、山本雅也氏以外は別の方々によるものだったそうです。

この企画でまずおもしろいと思ったのは、コーディネーターをデザインジャーナリストの山本氏がなさりそうなところを、間宮氏がなさったところ。“ベンチでトーク”という、バスストップのベンチでバスを待っている間の会話のような、そんな気軽さで語っていただこうというもので、また、山本氏が昨年出された著書「インハウスデザイナーは蔑称か」の内容にも関連させられる部分を引き出せるメンバーの方々であったことから、普段とは違った趣向で行われたようです。気軽といっても集まった方々が方々ですから、もちろん内容は濃いものでしたが、この趣向、楽しめるものだったと思います。

間宮氏と山本氏というと、昨年の大阪デザイナーズウィークのフォーラムの時、お二人も揃っておられ、その時にお聞きできたお話も思い出される内容もありました。
山本氏が語っておられたことで、阪神タイガース優勝の時、道頓堀を囲った塀がもっとデザインされて、堀が汚いし危ないから飛び込んではいけませんではなく、きれいだから、それを壊すように飛び込んだりができないとなればいいのに・・・というお話がありましたが、これは昨年のフォーラムでもおっしゃられていて印象に残っていました。一般に広く、大阪で“デザイン”への理解を深めてもらうのに、わかりやすい理解されやすいお話かもしれません。(あちこちでお話されることで本当に間宮氏などに、市や府あるいは周辺企業の共同出資や市民活動から、ちゃんとそれなりの対価でデザイン依頼があったらすごいですね。)

今回のこのディスカッションでは、それぞれの方々の作品についてより、それぞれの立場や経験・背景の中での仕事とデザインに対する姿勢、そういったことが興味深い内容でした。デザイナーとしても経営者としても長年の実績を積まれ世に知られた間宮氏、インハウスデザイナーとして長年の経験を経た上で個人としての高い評価も築かれた小坂氏、新しい時代の波を敏感に乗りこなし鋭い感性で短期間に世に出てこられた新進気鋭の若手デザイナーであり経営者の佐藤氏、建築業界の徒弟制度的な師弟関係から高松伸氏の事務所で長年勤められて独立された関 聡志氏、多くのデザイナーへのインタビューなどを通しデザインを綴り語る側で見つめてこられたジャーナリストの山本氏。
それぞれの視点や活動から語られるデザイン観、それぞれに確かに違いはあるのですが、その根底で突き詰められるものは似たものがあるように感じました。実はそう感じること、このシンポジウムにかぎらないのです。
デザインが好きで、デザインにこだわり、デザインと真剣に向き合っている方々がたどり着く答えは、表現は違っても同じようなものがあるように思います。経験が違う分、そこで今見えておられる部分の大きさの違いはあるのでしょうが。

とは言っても、それぞれの方々の間には、隣の芝生ではありませんが傍目から見た人の立場などがうらやましかったりなさる、そんなこともおありのようでした。間宮氏は経営はせずにデザインだけに没頭できる小坂氏がある意味うらやましいとおっしゃられていたり、小坂氏は会社にお勤めになりはじめの頃は施工監理に走り回ったりで間宮氏のような存在の方をうらやましいお気持ちもあったとかや、関氏はその作品と風体が自然体で若くして飄々と時代の波に乗っておられるよう見える佐藤氏がうらやましいとおっしゃられていたり。年代層からは離れた佐藤氏はやはり飄々とそれほど緊張するご様子でもなく(内心はわかりませんが)、でも先輩方々の様々な考えをそういう考え方もあるのか、ふ〜むといったように、例えば作品について残すといった意識についても“まだ、それほど感じていない”といった経験上“まだ”の部分も正直に語っておられたり。そして山本氏はご職業上の立場的にも、それぞれの方々について客観的にご覧になって補足を促す質問などをはさまれたりなさっていました。
大阪で行われているイベントであるのに、東京では大阪より京都が好まれるなんていうお話もありました。関氏が京都で長年お仕事されてこられた中、東京で感じられたことだったようです。これは、東京でお仕事されている小坂氏も、大阪にお仕事で来る機会はなかったけれど京都へはいらしていたりもあって、少々ショックでしたが、いにしえの都へのあこがれは全国的なものなので、大阪の魅力もより知っていただけたらなどとも感じたことでした。せっかくの大阪市中央公会堂という大阪の美しい建築物の中でのイベントでしたので、建築家の方に、そういったことも意識していただけるような情報発信も必要なのかな・・・、とも個人的に思ったりもでした。
本音が見え隠れする、ここが気軽なトークの楽しさと、新しい発見ができる部分かもしれません。

昨今、デザインが一般的には、かっこいいカタチといった表面上のことが強調され、一種の流行に乗って取り上げられるといった社会状況が見受けられます。
でもデザインは、ずっと昔から人々の暮らしの中、培われてきた行為なのです。より人が住まいやすい環境、使いやすいもの、商業活動を活発化させ経済を豊かにするための装置、それらを創り出すための人々の知恵が、“デザイン”です。
そういった部分についても、間宮氏や山本氏によって語られていました。
それぞれの意識や認識は違っても、デザインに真摯に向かっておられる方々の、その活動そのものが、そういったことを物語っているのだとも思います。インハウスデザイナーであれ、独立のデザイナーであれ、“デザイン”で目指し辿り着くことは、創りあげるものを使う人々を幸せにしたりと、同じなのではないでしょうか。
こういったイベントも広く行われることによって、デザインに関わる人々の心にデザインの意味を改めて刻み、さらに一般にも単なる流行ではないデザインへの認識を広め伝えることにもなっていけばと願うものです。

2006年02月05日

大阪ライフスタイルコレクション2006

昨日2月4日より、イベント・大阪ライフスタイルコレクション2006「O・MiGOTO」が開催されている。期間は、2月18日まで。“大阪でMIGOTOなモノ・ヒト・コトが集まる2週間”をご披露というコンセプトだそうだ。

1987年より大阪からのファッションの発信を狙って開催されてきたイベントだったが、今回よりファッションだけでなくインテリアや食文化などライフスタイルに関する催しを開くものに刷新された。
大阪証券取引所ビルの1階エントランスホールでは、プロダクトデザイナー・村田智明氏の作品を「行為のデザイン展」と銘打って展示、電子キャンドル「HONO」などが注目を集めているようだ。

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詳しくは、公式サイトでご確認のほどを。
わたしも、いくつかの催しには、観に伺える時間を作りたいと思っている。

2006年01月31日

「デザインの部屋」永山祐子氏

1月28日に京都のSferaビルで行われた、岡田栄造氏主催のミニ・シンポジウム「デザインの部屋」第4回目。今回のゲストは建築家・永山祐子氏で、携わってこられたこれまでの作品を順番にスクリーンで拝見しながら、お話が進められるものだった。

デザインの部屋-永山祐子氏.jpg「デザインの部屋」に参加させていただいたのは初めてだったが、ブログやリボンプロジェクトの仕掛け人としてインタビューを受けられた記事などから想像していた岡田氏のイメージ、物静かな方ではないだろうかという部分は間違っていなかった。物静かで柔らかな物腰、それでいてポイントはしっかりおさえながら、自由に永山氏のお話を引き出しておられた。
そして主役の永山氏だが、お会いして、とてもお若い方であることを初めて知り、まず驚いた。敬称を“氏”としているが、そう書くと本当は永山氏の実像を伝えられないような気もする。内容はお若くても実際すでに“先生”とも言える方だが、大変、愛らしいご様子の女性である。この小柄で愛らしい女性の、そのお話内容から察するお仕事をこなすための凄まじいパワーは、いったいどこからくるのだろうかと、しみじみ感心してしまうような方だった。

大学卒業後、4年という契約で、青木 淳建築設計事務所でお仕事を始められることとなったそうだ。そして入所後すぐ、「L邸」という住宅物件を任されたという。これは青木氏の人を雇う時の方法だそうで、1プロジェクトか短期雇用をし、まだあまり何色にも染まっていない人の新しい発想を取り入れ、そこに青木氏らしさも吹き込むものらしい。ひとつの物件を任され、青木氏が納得するプランが出来上がるまで、何度でもプランをし直す日々となる。ただ平面プランだけではなく模型もセットでなければ、見てもらえないそうだ。だがこういった中で、どんどんこれ以上はここはどうにも譲れないという納まりも出来上がっていき、最終的にはよいプランもでき、人も並ではない育ち方をするようだ。もちろん、最後まで挫けず、やり遂げた人の努力の賜物でもある。そして、そこから学び取れた人はどれほど成長するかは、その後の永山氏の活躍でも証明されているようにも思う。
「L邸」は、小さな空間の中に、さらにコアとした寝室を天井から吊ったようにし、間仕切りの高さを控えて天井をつなげるのではなく、床をつなげた空間であることが特徴となっている。シンプルだが、ユニークな発想だ。詳しい写真は、青木氏のサイトに掲載されている。
この「L邸」の後、「K邸」というある有名人の別荘を携わり、青木氏のところでの仕事を終えられた。だが独立してすぐ、表参道の美容室「afloat-f」の仕事を青木氏から紹介された。家賃4万円の事務所を急遽開設しての、新たな始まりだったそうだ。「afloat-f」は、パラボラアンテナを天井から伏せて並べ吊るし、それに点光源を当てた反射が店内の基本照明となるという、これもまた新しい発想が特徴となっている。こちらの写真は、永山氏のサイトに掲載されているので、ぜひご覧いただければと思う。
ルイヴィトン京都大丸夜景.jpg「ルイ・ヴィトン 京都大丸店」のファサードもそうだが、化学的物理的なものを新しく利用したり素材としたりと新しい挑戦を試みられるところも、永山氏の作品の大きな魅力でもあるように思う。これは、お父様がバイオや科学関係のお仕事をなさっておられ、その影響も受けられてのものということ。「ルイ・ヴィトン 京都大丸店」で使われた偏光板は、その内側に厚みの違うセロハンテープを施すことで美しい色彩も生み出し、それは特許も取られるそうだ。一緒にお仕事をされておられる、これもまたお若い物理学者の技術顧問の方もいらっしゃった。
そして、この非常に最先端な技術を駆使しながらも、その表現はあたかも幽玄のような世界をも作り出したりと、2次元的な一瞬の美しい映像を3次元に転化させる、そんな世界を表現されることにこだわってもおられる。
「ルイ・ヴィトン 京都大丸店」のファサードについては、以前、当ブログでも記事にはさせていただいており、今回のお話をお聞きしてから記事にした方がよかったかもしれないと感じていたりでもあるが、過去の記事も参考にしていただければと思う。
写真は、以前の記事では掲載できなかった夜景を、今回のシンポジウムの前に撮ることができたので載せさせていただいた。

今回のシンポジウムの中では、この他、原宿のタレントスクール「CAST」(現在は経営が行き詰まり、もう見られない建物だそうで残念なことだ)、郡山のパチンコ台を扱うショールーム、ポルノグラフィティのツアーコンサート舞台デザインなど、携われたお仕事についてお話くださった。どの作品についても、情熱を傾けてあたっておられることを、とても感じるお話ぶりであった。

永山祐子氏という若く愛らしい魅力あふれる女性の、建築家としての今後のご活躍は、同じ女性としてもとても楽しみなことである。

2006年01月29日

2つのシンポジウム

先週末は2つのシンポジウムに参加させていただいた。
2人の建築家の方のお話を中心としたもので、どちらもとても興味深い内容の貴重なお話をお聞きすることができた。

ひとつは、大光電機且蜊テにより続いているフォーラムで、昨年のJCDデザイン賞2005で大賞を受賞された米正太郎氏のお話とJCDデザイン賞に関したもの。大賞受賞作の「大阪府南警察署難波3丁目交通警察官詰所」についてと他受賞作に関したお話を、米正太郎氏と昨年度のJCDデザイン賞審査委員長でおられたデザイナー・飯島直樹氏、そしてJCD会員であり過去JCDで賞も受賞されておられるデザイナー・岩本勝也氏によって語られるものだった。
もうひとつは、「ルイ・ヴィトン 京都大丸店」のファサードの設計でも知られる永山祐子氏のお話を、当ブログでもリンクさせていただいているデザイン情報サイト「dezain.net」の主宰でもある岡田栄造氏(ブログ「岡田栄造のデザイン日誌」もリンクさせていただいている)が引き出すというもので、岡田栄造氏が不定期に行っておられるミニ・シンポジウム「デザインの部屋」の第4回目であった。

それぞれ順次、記事にさせていただきたいと思う。

耐震強度偽装事件による波紋で、建築に対する一般での社会不安の広がりも気になる昨今、若手の優秀な建築家の方々のお話をお聞きでき、そのお話をご紹介できることも、大事にしたいように思える。
今年最初の当ブログの記事は、やはり若手の建築家・曽野正之氏の「The Staten Island September 11 Memorial」についてから初めさせていただいたが、今回、お話をお聞きできたお二人も皆様それぞれ、これからの業界を代表してさらに新たなものを創造していかれることと思う。
そんな方々の情熱も広く伝わり、建築業界の信頼が回復していくことも、願うことのひとつである。
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