2006年09月25日

なんばマルイ

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【住所】大阪府大阪市中央区難波3-8-9
【TEL】06-6634-0101
【営業時間】AM11:00〜PM8:30

【開店】2006.09.22 <新築>
【経営者】滑ロ井

【設計施工】建築:竹中工務店 内装:エイムクリエイツ
【環境デザインプロデュース】間宮吉彦

【関連HP】http://www.0101.co.jp/namba/


先週の金曜日9月22日、大阪・ミナミの難波駅前に「なんばマルイ」がオープンしました。
首都圏を中心に“駅のそば”をひとつの売りとし、10代後半から20代の若年層をターゲットに展開してきたチェーンストアーの関西2号店です。1号店は神戸マルイ。こちらも三宮駅のすぐそばにあります。
今回の大阪初の出店が“なんば”であること、これは大阪での集客を見込める立地を考えた時、必然であったのではないかと感じます。全国でご存知の方も多いことと思いますが、大阪といえば、賑う街が“キタ”と“ミナミ”というように分かれて発展しています。この現象には、大阪郊外と市内を結ぶ交通機関の終発着駅のある場と、おおいに関係があります。マルイが出店した“ミナミのなんば”は南海・近鉄線のターミナルであり、“キタ”は阪急・阪神線のターミナルと京阪沿線から出やすい市街地となっており、それぞれの特色はあるものの、商店はうまく集客を分け合っている状態にあります。“キタ”である大阪駅・梅田駅前周辺での若年層ターゲットの施設状況を考えると、すでにかなりの飽和状態にあり、それに比べると難波駅前であれば、古くからある高島屋ともターゲット層の範囲から競合というよりは相乗効果を生み出せる関係になれる。こういった状況が、“なんば”での大阪初の開業のポイントにはなっているように感じられます。

環境デザイン面では、神戸マルイでもデザインディレクションなさっていた間宮吉彦氏のプロデュースということで、オープン当日、デザイン関係者らしき訪問者も多かったように思いました。わたしも当日、訪れました。なかなかの盛況ぶりで、この日ばかりは若い人々の姿だけでなく、老若男女、様々な人々が集まっていました。レディスグラマラス系カジュアルなどのフロアで、スーツ姿のおじ様方がウロウロしている姿を大量に見かけたりするのは、最初のころだけの光景ではないかと思います。
訪れた時間帯によっては、地下はそれほどの人ごみではなかったようなのですが、おそらくはオープン前の行列が1階外回りに出来ていたことでしょうし、その影響で1階に人が集中していたのではないかと思います。落ち着いてきたら、この施設の集客口は御堂筋線地下鉄出入口に面している地下からがメインになってくるのではないかという気がします。
それを見越してか、地下フロアの店内環境造作は、神戸マルイの1階を思い出させる仕上がりとなっており、神戸でのデザインイメージのキーワード&コンセプトとされていた“プチゴージャスシック”にして“表情のある空気感”と相通じる、表情があって透明感のある空気感を地下フロアで力を入れて表現されているように感じました。そういった商業施設デザインの中でも正統派的な“キレイさ”をすっきりと自然に表現されるのは、間宮氏の作品に多いように感じます。とても安定感のある、信頼度の高いデザイン性を感じるものです。

あと、環境デザインでわたしが惹かれたフロアは、メンズフロアでした。おそらく、昨今の若年層女性陣のファッションへの購買意欲は、フロア環境に左右されない力もあり、個々のテナントの商品の見せ方の魅せどころの方が重要かもしれません。男性陣のファッションへの関心もかなり高まってきている時代ではありますが、女性ほどではない。そこでフロア全体で惹きつける力も、重要になってくるのではないかと思います。
メンズフロアの5階と6階で、色彩や素材で天井と床の仕上げを反転させていました。5階では通路にブラック系の格子調カーペット、天井には基本を木とし、ブラックのランダムなパンチングメタルとスチールのオブジェでリズム感を出すといった仕上げであるのに対し、6階では木のフローリング床にブラックの天井といったように、反転させることで遊び心のある飽きさせない空間構成を生み出していました。また5階6階ともに、エスカレーターで上がってきた時は、色彩と照明による暗め視覚になっており、「なんだろう」と覗き込みたくなるような雰囲気で、反対に下りのエスカレーター口は明るめで「もう少し見ていこうかな」といった心理が働きそうな、そんな構成をされていました。
間宮氏によるトータルプロデュースのもと、5階のデザインは、タワーレコードのアートセクションで活躍後、テキスタイルデザインやコンバース・docomoのデザインも手掛けるなどで知られる有田昌史氏によるものだそうです。
メンズでのテナントの雰囲気は、30代前半もターゲットゾーンに入っていることを特に感じさせるもので、ビジネススーツなどをメインに取り扱う丸井のプライベートブランド「ビサルノ」は、ガンバ大阪の宮本選手(たしか現在29歳)がモデルを務めていたりで、全体的に落ち着いたイメージを作り出していました。それはレディスも同じで、渋谷のカリスマ販売員から転身、独自のブランドをプロデュースする森本容子氏の「ブラック バイ マウジー」なども、若年層だけでなく受け入れられそうな美脚ジーンズを店頭に、落ち着いた店作りを展開していました。

写真を撮ってご紹介したかったのですが、店内のいたるところに案内係の腕章をつけられた方と警備員の方がおり、普通に来店客として入場した場合、ちょっと携帯のカメラを構えても注意されそうだなという雰囲気でしたので、あきらめました。
もう少し入場者数も落ち着くころに、カフェに立ち寄るなどもして、ゆっくり廻ってみたいと思っていたりです。
帰りがけ高島屋も少し覗いてみましたが、高島屋は高島屋で賑わっていました。
ロータリーを挟んで向かい合わせ、横から見た時の組み合わせと眺めは、なんだか対立しているようにも感じられる眺めなのですが、透明感のある新たな施設環境がミナミの新風として、駅周辺の清潔感向上や更なる活性化につながっていってほしいと願うものです。

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2006年05月10日

COLLEZIONE(コレッツィオーネ)

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表参道ヒルズ、hhstyle.com/casaと、2つの安藤忠雄氏の建築を続けて記事にさせていただきましたが、この周辺にはもうひとつ、安藤氏が設計された建築がありますね。
表参道の駅より、参道に沿って根津美術館、青山墓地方面へ向かう南青山にあるCOLLEZIONEです。

竣工は1989年9月ですが、設計は1986年から1987年にかけての約20年前に計画されたもので、安藤氏の初期作品に見られる、趣きある閉鎖的でストイックな空間構成の特徴が表れている建築です。
表参道ヒルズが、“安藤建築らしく”ないと評される方々は、このCOLLEZIONEに見られる特徴が安藤建築らしいと思われる方々のようです。
しかし、この建築に携わられた頃の、安藤氏が書かれたものなどを拝見するとよくわかるのですが、表参道ヒルズへと繋がる建築への考え方が、COLLEZIONEを建てられる中でも伏線として出来ていたことが、この建物には表れています。それは、この建築が当時の周辺の街並みを崩さず守るために、地上での高さを抑え、地下へと構成しながらも自然の光を空間内に導き入れるものであったことです。環境の中での建築のあり方、表参道周辺での考え方が、ここからも積み上げられてきていたかのようにも思われます。

当時の周辺の様子を、わたしははっきりとは知らないため断言するようなことは言えませんが、向かいに建つフロム・ファーストは1975年竣工とこれより前からあったものの、ちょうど同じ参道沿いにあるコム デ ギャルソンがお店を構えたのが1989年2月ということ(コム デ ギャルソンのショップデザインが現在のものとなったのは1999年4月です)ですので、少しづつ変わり始めたころの、それでも今以上に落ち着いた環境であったろう南青山という土地に、どう建築するかを追求されたものだったということがうかがえます。

表参道ヒルズは、地下鉄が近くを通っているため地下を掘る振動も許されない状況で建てられたものだったそうですが、地上5階(一部6階)、地下も6階まで設けられています。そして、施設に必要とされるあらゆる面を考え合わせて(4月29日付記事をご参照ください)の、建築空間が構成されています。最近、専門誌に掲載された表参道ヒルズの平面図を拝見しましたが、あの敷地環境で求められることを実にうまく、無駄なく美しくゾーニングされています。
COLLEZIONEでは地上4階、地下3階の空間が構成され、内部へいざなう迷路のような動線は、当時の周辺街並みに対しても刺激を与えるものとなるだろうと考えられてのものだったそうです。この建築での必要とされた用途においても今以上に当初、その刺激は視覚的にもほどよいスパイスとなるものだったろうと思います。

それぞれの建築のそれぞれのかたちには、そう考えるに至る意味があるということ。それは建築に限らず、あらゆるデザイン活動に言えることと思いますが、そのことを表参道周辺の安藤氏の3つの建築を訪れる中でも、感じ取ることができます。
安藤忠雄氏が、COLLEZIONEについて書かれたものの中で語っておられたことに、“私にとって,建築の設計はまず,敷地の要求するところを読み取り,胚胎している可能性に耳を澄ますところから始まる”ということがありました。
その意味を、それぞれの建築の、そのあり方でみごとに表しておられることが、それぞれの建築を訪れ、耳を澄ますと見えてくるように思います。

【住所】東京都港区南青山6-1-3
【TEL】03-5468-1825(ラ・コレッツィオーネ・オフィス)
 
【竣工】1989年9月 <新築>
【設計】安藤忠雄建築研究所
【施工】大林組

【関連HP】http://www.lacollezione.jp/

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2006年04月26日

kNot <ノット>

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昨年の大阪デザイナーズウィークでのイベント会場にもなった、南堀江にある「栗建ビル」。その1・2Fを大変身させた商業施設
『kNot』が、今日オープンしました。

四ツ橋筋に面し、このビルの裏手少し奥に堀江公園があるという立地です。外観や共用部分のデザインは間宮吉彦氏によるもの。南堀江を代表する大阪の新しいランドマークとなるであろう、楽しげでインパクトあるファサードデザインですよね。
昨年掲載させていただいた記事を検索してきてくださった方が、ここ数日とても多く、オープンを前に通りすがりに外観をご覧になった方など、興味を持たれた方の多かったことが窺われました。

今日撮ってきた写真は昼間のものですが、夜はきっと、がらっと表情を変えるであろうデザインですね。また、夜にも訪れてみたいと思っています。

【住所】大阪市西区南堀江1-11-1 栗建ビル1・2F
【営業時間】
物販・サービス:AM11:00〜PM8:00  
カフェ:AM11:00〜PM11:00
【関連HP】http://www.knotweb.com/

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今思うと、昨年の大阪デザイナーズウィークのころが一番、あちこちのデザインを見て廻ったりしたことをこのブログに書き綴ることが、楽しく感じていた時期だったかもしれません。特に想い出深かったのがフォーラムで、間宮氏や安藤忠雄氏のお話を今日また、思い出していました。表参道ヒルズへの感想など、ブログ上でも様々な意見を拝見したりがありますが、言葉でどう語られても、一面だけでは計れない成し遂げられてきた多くの現実の、社会的貢献度とも言えるような部分でのスケールで、言葉が小さく感じられてしまうことは多かったりもします。
ここを訪れて、その前に立った時、久しぶりにワクワクするような心持ちになりました。あの頃のような気持ちに返って、辺りをまた観廻してみたいと思えた、そんな春の一日でした。

今日、こんな気持ちでここを訪れてみたいと思い立ったことの裏には、若い人々の、聡明でさりげない、純粋な気持ちや、明るさや、やさしさに、いくつか触れることもあってのものでした。オスカー・ニーマイヤーのDVDも効果があったりなどの。

2006年02月09日

COREDO日本橋

コレド日本橋2.jpg1月末のこと、ほんの少し東京を通り過ぎる用事があって、「COREDO(コレド)日本橋」だけ訪れることができた。
すっかり遅くなってしまったが、その時撮った写真と共に、記事に残しておきたい。

【住所】東京都中央区日本橋1丁目4-1
【TEL】03-3272-4939
【営業時間】
ファッション・雑貨: AM11:00〜PM9:00(平日・土)
・AM11:00〜PM8:00(日・祝日)
レストラン: AM11:00〜PM11:00(平日・土)
・AM11:00〜PM10:00(日・祝日)
デリ・フード: AM10:00〜PM10:00(平日・土)
・AM10:00〜PM9:00(日・祝日)
※B1Fの一部店舗は平日AM7:00から営業

【開業】2004.03.30 <新築>
【建築主】三井不動産梶@(有)ティタワー
【事業主体】三井不動産梶@東急不動産
【運営】三井不動産
【テナント構成】物販13店 飲食20店
【設計】
日本設計・東急設計コンサルタント設計JV
建築:日本設計
デザインアーキテクト:コーン・ペダーセン・フォックス・アソシエイツ
商業環境共用部デザイン:ギャルド・ユウ・エス・ピイ
【協力】
カーテンウォールコンサルタント:ALTクラディング&デザイン
タケノヤ事務所
サイン計画:井原理安デザイン事務所
照明計画:小西武志+建築照明計画
アートワーク計画:ナンジョウアンドアソシエイツ
【施工】清水・三井住友・東急建設JV
[商店建築 2004.06掲載]

【関連HP】http://www.coredo.jp/


「COREDO日本橋」は、当ブログにてこれまで記事にさせていただいてきた東京・日本橋再開発物件の中でも、先陣を切る一昨年2004年にオープンした施設である。東急百貨店・日本橋店跡地(白木屋デパート跡地)に建てられた「日本橋一丁目ビルディング」の低層階(4階まで)商業施設部分が、「COREDO日本橋」となっている。
オープン初日で6万人、最初の週末で8万5千人を動員したそうだ。

その名前の由来は、英語で核を意味する“CORE”と江戸“EDO”をつなげた造語という。五街道の起点として、かつて日本の流通・商業の要でもあった伝統ある日本橋で、新しいランドマークとして東京の商業の“核”となっていく想いが込められたものだったようだ。
その後の周辺再開発も順調に進み、日本橋は確実に新たな目覚めのときを迎えている。

施設の事業テーマは、『時を超えて』。日本橋を活性化させていく最初の一歩を担う施設として、日本橋の持つイメージ、上質感や由緒正しさといった伝統の面と、現在のビジネス街である面の両面を考慮し、伝統を活かしつつ、これを現代的スタイルに解釈しての様々な提案がなされたそうだ。

まずデザイン面では、ビルの外観デザインは、国際金融機関の本社設計を多く手掛けているコーン・ペダーセン・フォックス・アソシエイツのプリンシパル・チーフ・デザイナーであるウィリアム・ペダーセン氏によって手掛けられた。外装を石・ガラス・アルミなどの異なる素材で構成されたデザインは、先進的でありながら重厚な風格も兼ね備えたものであり、南面のガラスによる弓形のファザードによって、そびえ立ちながらも柔らかなシルエットも主張するものとなっている。この弓形のファサードは、デザインのみならず、自然光を効果的に上層階事務所内に取り込む機能も果たしている。
そして外観のガラスによるクールなイメージと対比させ、内装ではヨーロッパの伝統的な建築デザイン手法をモダンにアレンジし、温かみのある色調や木質感、柔らかな曲線のフォルムを取り入れた構成となっている。落ち着きある上質な品格、心地よい温かさが、デザインでの最重要のポイントとなされたそうだ。地下1階から地上5階までの吹き抜け空間を貫通する、およそ35mの高さを持つ柱は、柔らかな曲線面の木質パネルで覆われ、コーナーを縦に走る間接照明がその高さを強調させるものとなっている。高さを魅せるダイナミックさは、その後の三井不動産の再開発「日本橋三井タワー」でも、デザインは違えど共通して感じるものがあった。

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またMD面では、三越・高島屋という2つの老舗百貨店のちょうど中間に位置し、これらとの共存共栄という面からも、“エイジで切らない、テイストで切ったMD”で構成し、幅広い年齢層を狙ったということだ。
主なテナントとしてわたしも注目して見たものは、“ソニー発祥の地”でもあるこの地での、ソニープラザの大型新業態店舗である「SERENDIPITY(セレンディピティ)」。(こちらについては、また改めてひとつの記事にしたいと思っている。)このテナントのメインターゲットは35歳前後の女性となっており、「COREDO日本橋」全体としても、上層階に入っているメリルリンチなどに勤めるビジネスパーソンをイメージターゲットとした30歳台向けのテナント構成が多いようにも感じたが、セレンディピティでは懐かしさを感じる商品を展示するがごとく販売されていたり、レストラン街では創業100年を超える老舗中華料理店「維新號」の新業態「甬江」の出店や、多くの文人墨客に愛されてきた松江の割烹旅館「皆美」も出店していたりと、古くからの日本橋ファンにも喜ばれそうなテナント顔ぶれもある。また、レストラン街の営業時間はPM11:00までとなっており、それまで夜が早いと言われていた日本橋界隈を変化させつつあるきっかけを創り出しもした。
コレド日本橋7.jpgさらに、本館と別館の間にある広場をリニューアル、休憩やランチにも利用できる憩いの空間へと変化させ、この広場が昨年2005年度のグッドデザイン賞の受賞となった。冬場は屋外であるため長居する利用はなかなかなくとも、都会にあって目に映る眺めの和やかな緑ある空間であり、暖かな季節には心地よく過ごせる空間のように感じた。また広場には、日本橋一丁目交差点角にあった「名水白木屋の井戸」(東京都指定旧跡)の石碑も、移設再現されている。この石碑は、江戸時代の呉服商を継いだ白木屋デパートから東急百貨店へと歴史を経て継がれてきた、江戸の歴史を理解する上で貴重な遺跡の名残である。

時を超える、幅広い年代層の集う場所への、トータルしての狙いは当ったのではないだろうか。平日の、ほんの短い時間を過ごしただけではあるが、様々な年代の人々が買い物をしていたり、休憩のできるスペースで打ち合わせをしていたりも見かけた。
当ブログで記事にさせていただいてきた「マンダリン オリエンタル 東京(日本橋三井タワー)」・「日本橋 三越本店」と共に、年月を超えて人が集い賑わう街の施設であり続けることを、今後も見守ることができればと願う。

2006年01月07日

日本橋 三越本店

昨年12月10日の東京散策には、まだ続きがある。
日本橋三井タワーを観て廻ったら、同じ中央通り沿いに並ぶ三越は観ておきたかった。
わたしは東京生まれなのだが、と言うものの小学校からは関西なので、幼い頃の東京でのはっきりした記憶はないに等しい。その後も、日本橋の三越を訪れる機会がなかった。だが、母から話には聞いてきており、歴史的建造物でもある現在の本館の、30代の娘を持つ母世代が若かりし頃の様子は、一歩足を踏み入れた時の空気感も集る客層も、高級というか上品だったそうだ。今はどんな高級ブランドブティックなどでも、ジーンズにTシャツ姿でブラブラと観て廻ることも可能な時代なので、百貨店はさらに大衆化している傾向だが、建物の歴史が醸し出すものは変らないものがある。

【住所】東京都中央区日本橋室町1-4-1
【TEL】03-3241-3311
【営業時間】AM10:00〜PM7:30
※福島別館(トラベルセンター、ユニフォームショップ)
 ・本館屋上(チェルシーガーデン):AM11:00〜PM7:00
※新館9階・新館10階のレストラン:AM11:00〜PM10:00

【経営者】且O越
<本館>
【開店】1914.09.15 <新築>
【設計】横河民輔
<新館>
【開店】2004.10.11 <増築>
【設計】建築・内装:清水建設一級建築士事務所
内装:三越環境サービス店舗デザイン営業部
【施工】建築・内装:清水・大成・鹿島・佐藤・三井住友建設JV
内装:三越環境サービス店舗デザイン営業部
[新館:商店建築 2005.01掲載]

【関連HP】http://www.mitsukoshi.co.jp/nihombashi/

創業は1673年の夏、現在の日本銀行がある辺りで、呉服店「越後屋」の開店から始まる。その10年のち、呉服店と両替店(現在の三井住友銀行)を併設して営んでおり、それゆえ三井とは縁が深い。一時は合資会社三井呉服店でもあった。日本橋三井タワーのマンダリン オリエンタル 東京でのコンセプトが考えられるにあたって、三越の存在からくる着物のイメージが着目されたことは以前の記事でも触れたが、三井と三越の縁の深さはこのようなところでもわかる。
そして1904年に株式会社三越呉服店となり、この時、初代専務に就任した日比翁助氏が、「デパートメント宣言」を行い、日本初の百貨店となった。

三越日本橋店本館1.jpg 三越日本橋店本館2.jpg 三越日本橋店本館3.jpg 三越日本橋店本館4.jpg

現在の本館が完成したのは1914年。設計を行った建築家・横河民輔氏は、アメリカでデパート建築を学んだそうで、日本初のエスカレーターやエレベーターも設置し、近代百貨店としての形態も完成させたものだった。ルネサンス様式が特徴となっているこの建物は、当時、“スエズ運河以東最大の建築”と称されたという。
ルネサンス様式にふさわしく構えられた、入り口前のライオン像といえば三越だが、この日本橋のライオン像は、東京名所にまでなっているとも言える。
本館の見どころは、なんといっても中央ホールだと思うが、1階から5階までという非常に高さのある、広々とした吹き抜けとなっており、一面に敷き詰められた大理石と天井のステンドグラスが美しく、1999年には東京都選定の「歴史的建造物」にも指定されている。
また、同じく中央ホールにそびえ立つ「まごころ」という名の天女像は、彫刻家・佐藤玄々氏によるもので、1960年に創立50周年を記念して設置されたものということだ。この天女が「まごころ」という名であるところが、やはり老舗百貨店らしい、サービスへの社を挙げての想いも込められたものだったのだろう。


三越日本橋店新館1.jpg 三越日本橋店新館2.jpg 三越日本橋店新館3.jpg 三越日本橋店新館4.jpg 

そして、一昨年2004年10月に新館がオープンした。1904年のデパートメントストア宣言の100周年にあたる、三越としては記念すべき年であったわけだ。また折りしも、日本橋周辺が次々と再開発されていく中にもあって、話題性はさらに大きく、年齢層が高いであろう長年の固定客とともに、新しく若い年代層へもアピールするものとなっているようだ。
先日行われた箱根駅伝の復路ゴール近く、この三越の角を選手達が曲がって帰ってくるコースにあったが、駅伝を夢中になって見ていたにもかかわらず、三越の外観もふと目にとまったくらいなので、角地の三角のアールは印象に残りやすいものかもしれない。
新館が出来たことにより、ただ新しくではなく、日本橋の文化や日本の粋をさらに100年後へ受け継いでいくことを考えた、本館・新館ともに、プレステージ・デパートメントストアを目指していくとのことだ。
デザイン面では本館のデザインを意識的に取り込み、伝統も大切にした設計がなされている。2Fの中央通り側には、ゆとりと落ち着きのある広いレストスペースも設けられ、商品とともに、サービスとしても変らぬクオリティーを、このようなところで表現しているように感じた。

今、日本橋界隈は、本当に話題の多い場所となっている。
昨年12月26日に行われた小泉首相と奥田碩日本経団連会長の会談での、日本橋の伝統的な景観を取り戻すため、橋をかぶさる形で走っている首都高速道路を地下にもぐらせるなどして高架を撤去する構想の実現への前向き姿勢発言でも、さらにこの界隈への話題が高まっているように思う。
当ブログへのアクセス履歴を見ていても、検索ワードが“日本橋”でのアクセスが、ここしばらく多くなっていた。いかに関心が高まっているかということだ。
また、「COREDO日本橋アネックス広場」は、2005年度のグッドデザイン賞も受賞している。こちらも三井不動産による開発である。(COREDO日本橋へは、今回足を延ばす時間がなかったので、また改めて訪れて記事にしたい。)

景観問題も含め、まだまだ日本橋から目が離せない。

2005年11月23日

escorter AOYAMA (エスコルテ青山)

東京デザイナーズウィークでイベントの会場ともなり、TOKYO DESIGNER'S WEEK 2005<その4>の記事にも、少し書かせていただいた「エスコルテ青山」。
エスコルテ青山1.jpg エスコルテ青山2.jpg

【住所】東京都港区北青山2-7-15 NTT青山ビル1F
【TEL】03-3746-1512(総合問い合わせ先)
【営業時間】
・IP ZONE AOYAMA:AM10:00〜PM8:00 年中無休
(スペース貸出しにより変更あり)
・Cafe growna growna Tokyo:平日・AM7:30〜PM10:00
土日祝日・AM8:30〜PM10:00 年中無休
・hhstyle.com 青山:AM11:00〜PM20:00 年中無休

【開店】2004.11.10 <内外装 改築>
【経営者】NTT東日本
【設計】外装:隈研吾建築都市設計事務所
内装:吉岡徳仁デザイン事務所
【施工】外装:第一ヒューテック

【関連HP】http://www.escorter.jp/

地下鉄・東京メトロ 外苑前駅を降りてすぐという立地にあるこのビルは、かつてはNTT東京支店青山営業所であったものを、青山という街に調和した、人が憩い集う新しいランドマークを誕生させるべく計画され、リノベーションされたものである。その企画提案・基本構想は、NTT東日本の若手社員の方々によって進められたそうだ。その中心となったおひとりは、現在、「エスコルテ青山」内のカフェ「Cafe growna growna Tokyo」の店長となられている。

「エスコルテ青山」の名前の‘エスコルテ’とは、フランス語で「エスコートする」という意味。
場所が単に存在するというだけではない、来店客を心地よい空間へエスコートしたいという思いが込められているとのこと。この基本構想を下地として、世界的な建築家の隈 研吾氏と、インテリア・プロダクトデザイナーの吉岡徳仁氏に、それぞれ外装・内装のデザインが依頼された。

隈 研吾氏と言えば、当ブログでも記事にさせていただいた「COCON KARASUMA」が、ちょうど「エスコルテ青山」がオープンした約1ヶ月後オープンのリノベーション作品であった。京都の烏丸と東京の青山という、それぞれに特有の地域性もあれば人気もある場所での、同時期のリノベーションに対し、見事に注目されるランドマークを創り出されている。

隈氏は、「エスコルテ青山」の敷地となる外部空間が、青山通りとスタジアム通りを結ぶ通り道にもなることに着目され、そこを人々が自然に集まる散策路へと変身させた。木片を埋め込んだFRPグレーチングという素材を王子木材緑化鰍フ協力を得て開発、木の柔らかい素材感を持ちながら、床下からライトアップすると、グレーチングの格子部分のみが柔らかく発光するという床材により、昼と夜で違った表情を見せる演出を実現させた。


エスコルテ青山-hhstye.jpgそして、「COCON KARASUMA」ともに共通した演出ともなっていると言えるテナントとして、インテリアの専門店が大きく占めている点がある。「COCON KARASUMA」では「ACTUS」、「エスコルテ青山」では「hhstyle.com」(319u)、この2つの扱う商品そのものがデザイン性の高いものであるインテリア専門店がフロアーを大きく占め、さらにそれらの商品の魅せ方がデザインされることによって、スタイリッシュでハイセンスな空間が生まれている。
「エスコルテ青山」の「hhstyle.com」では吉岡氏により、壁一面に数々のデザイナーズチェアがディスプレイされ、さらにそれらは回転させることによって360度あらゆる角度から見ることができるようにもされている。

エスコルテ青山-Cafe growna.jpg エスコルテ青山-IP ZONE.jpg
また、吉岡氏にとって飲食店の初作品となる「Cafe growna growna Tokyo」では、NTTのインターネットカフェでもあることをコンセプトに踏まえ、NTTの光通信を象徴させた素材、光ファイバーを使用。西陣織の帯を造る機械で編み込んでつくられた光ファイバーをガラス一面に張り巡らせ、透明な未来的な光に包まれた空間を創りあげた。
余談だが、この光ファイバーを、今年のミラノ・サローネで発表された、スワロフスキー社から依頼されたシャンデリアにも活用されたそうだ。

今後も青山において、イベントなどでも活用されていく「エスコルテ青山」。情報通信事業が形を変え、新しい空間価値を生み出したリノベーションの成功例としても、注目を集めながら人々の憩い集う場であり続けてほしい。

2005年10月22日

NU chayamachi オープン

NU-1.jpg【住所】大阪府大阪市北区茶屋町10-12
【TEL】06-6373-7371
【営業時間】
SHOPPING:AM11:00〜PM9:00
DINING:AM11:00〜AM0:00 
※店舗により一部異なる
<不定休>

【開店】2005.10.20 <新築>
【デベロッパー】阪急電鉄
【テナント構成】物販 56店 
飲食 17店 サービス 3店
【設計】基本設計:環境開発研究所
【施工】茶屋町西地区市街地再開発組合
(詳細は、わかりしだい追記)

【関連HP】http://nu-chayamachi.com/


大阪・梅田の茶屋町に、一昨日10月20日、商業施設
『NU chayamachi(ヌー・チャヤマチ)』がオープンした。
この『NU chayamachi』のある茶屋町西地区は、今を去ること7年前の平成10年に市街地再開発事業の都市計画が決定され、再開発が進められてきた場所である。同時期より再開発が進められ、現在、都市計画決定内容の変更により調整中にある茶屋町東地区と隣接している。東地区はさらに規模の大きな計画となっているようで、『NU chayamachi』は、その前段階として阪急梅田ターミナルに続く茶屋町入り口部分が、プロローグとして誕生したといったところかもしれない。

地上9階、地下2階建てで、吹き抜けやオープンデッキを設けるなど開放的な内外装が特徴となっており、また外観のテラコッタを横ライン状に使用し、夜になるとその間からライトアップされるデザインも、これからの茶屋町を印象づけるかのように、落ち着きや暖かみもあるスタイリッシュさで道行く人にアピールしている。

「NU」の名称は、「North Umeda」の略とのことで、語感・カタチ・イメージを通じて、今までにない新鮮さを与えることができる造語だそうだ。さらに、「N」は「Native」「Nature」「Natural」のほか「New」「News」「Next」の頭文字でもあることから、施設の特徴のひとつ“緑や自然を味わえるコリドール(遊歩空間)”と“新しい次の何か”を発信し続ける施設であることを表し、そして、「U」は「Urban」の頭文字でもあり、「都会のうるおい空間」を表しているとのこと。

ハービスやヒルトンが繋がり注目を集める西梅田のブランド志向に対し、個性や感性、クリエイティブ性を施設開発のキーワードとし、遊び心のある「新感覚オトナ」(20〜30代)をターゲットに設定している。その施設内容の方向性は、周辺競合施設では「E〜ma」と似ているように思う。

また、関西初・大阪初の出店といったブランドのテナントも数多く登場しており、話題を呼んでいる。わたしが把握できたものをご紹介しておく。

【関西初・大阪初出店テナント】 (各階内順不同)
●B1F
UNIVERSAL LANGUAGE.jpgUNIVERSAL LANGUAGE
メンズ

B2nd.jpgB'2nd
メンズ&レディス

DRASTIC-THE-BAGGAGE.jpgDRASTIC THE BAGGAGE
バッグ&雑貨

Velvet-Lounge.jpgVelvet Lounge
アクセサリー&ジュエリー
※初のオンリーショップ

DRUNK-BEARS.jpgDRUNK BEARS
パブ

●1F
Merceria-Dressterior.jpgMerceria Dressterior
レディス

Ragrise.jpgRagrise
シューズ&バッグ&ウェア
(2Fにも出店)

●2F
ASH&DIAMONDS.jpgASH&DIAMONDS
レディス&バッグ&雑貨

the-Closet.jpgthe Closet
レディス

WIRED CAFE.jpgWIRED CAFE
カフェ

●3F
ne.jpgne
メンズ&レディス

LIFE-BY-EARTH-MUSIC-AND-ECO.jpgLIFE BY EARTH MUSIC AND ECOLOGY
レディス

●4F
HeM.jpgHeM
バッグ

●8F
GUMBO&OYSTERBAR.psdGUMBO AND OYSTERBAR
オイスターバー


現在、『NU chayamachi』全体的に、大賑わいである。しばらくは続きそうな様子だ。
写真にあげた関西初・大阪初出店以外でも、商品のフルラインが大阪初やここでの限定品を扱うなど、各店とも話題づくりに熱心である。また、6・7Fフロアーに出店のTOWER RECORDSは、関西エリア最大の売場面積(約900坪)になっている。

あと、このオープン時は、各店へのお祝い花が店頭に飾られているが、浜崎あゆみさんからのお祝い花のある店(ASH&DIAMONDS)もあったり、どこがデザインや施工しているかといったことも、このお祝い花でわかったりするので、そんなところもちょっと気に留めて見てみたりである。


そして、これはおまけ追記。
(かなりピンボケで見づらいと思うが(苦笑))
NU-おまけ.jpg
ちょうど『NU chayamachi』を出て、梅田駅方面へ帰ろうとした時にみつけたもの。
いやはや、同じ阪急によるもので、見た瞬間思わず笑ってしまった。梅田界隈の街全体が活性化してほしいという願い(阪急三番街としては、三番街も忘れないでね〜の訴え(?))でもあるのだろう。

茶屋町などは、開発により古きよき下町の街並みが失われた場所でもあるので、その分も『NU chayamachi』をはじめ、これからの開発も、より良い発展に繋がってほしい。

2005年09月17日

COCON KARASUMA(古今烏丸)

【住所】京都府京都市下京区烏丸綾小路上ル水銀屋町620番地
【TEL】075-352-3800
【営業時間】AM11:00〜PM11:30 ※一部店舗により異なる

【開業】2004.12.04 <内外装 改装>
【経営者】ケイアイ興産
【テナント構成】物販6店 飲食9店 サービス(シネマ)1店
【設計】隈研吾建築都市設計事務所
【施工】竹中工務店

【関連HP】http://www.coconkarasuma.com/

四条烏丸の一角にある昭和13年竣工の旧京都丸紅ビルをリノベーションして完成した「COCON KARASUMA」。設計を担当したのは隈研吾氏である。

事の発端は2000年、旧京都丸紅ビルが不動産賃貸のケイアイ興産に売却されたことから始まる。再開発について、当初は解体して新たにビルを建設し、世界のスーパーブランドを誘致しようというプランも出たという。だが、ケイアイ興産社長の稲盛豊実氏(「京セラ」創業者、稲盛和夫の実弟。ケイアイ興産は、京セラの大株主でもある。)は、同ビルの再開発について、企画会社のリンクアップ・社長の今井雅敏氏にトータルプロデュースを依頼。今井氏は、ビジネスの中心地である四条烏丸という立地では、スーパーブランドが欲する賑わいとは異なり、誘致が難しく、また、誘致しても他都市の事例を見る限り運営は年々厳しくなっていることから、建物を再生して、京都らしいコンセプトを打ち出したほうが良いと考えた。

旧京都丸紅ビルは、大手商社「丸紅」の前身、丸紅商店の京都支店、呉服卸の京都丸紅の本社として60年以上活躍したビルだ。当時の設計は、日建設計の前身である長谷部竹腰建築事務所によるもの。大正期に生まれたモダニズム建築を引き継ぐ建物であり、歴史的な建築物としても価値がある。 

そして、世界で活躍する建築家の隈研吾氏の登場である。既存の壁を壊さず、その上にモダンな意匠を重ね合わせ、過去と現在という二つの時代の重なりを表現した。烏丸通に面した既存の壁面にプリントフィルムを挟み込んだ新しいガラスの壁面を重ねた。プリントフィルムには京唐紙に使われる古典文様”天平大雲”を、テナントでもある「唐長」と共に選んだそうだ。雲には瑞雲という言葉があるように、吉兆を表すモチーフとして古来より使われてきたことから、この建築が烏丸通と共に豊かな発展をすることを願って大雲で覆ったという。
また、内部は可能な限り天井を貼らず、歴史ある既存躯体を現すことで、新しい空調・照明等の現代との重なりが生まれた。木製の床材(イペ材)もかなり痛みがあったものを、丁寧な補修作業を行いそのままの形で利用したとのこと。70年前のオフィスで、南洋産の高価な木材が全フロアの床を覆っていた事実を残したかったという。この補修作業は、全面貼り替えよりコストも手間もかかったそうだ。

近代の名建築の記憶をとどめながら、新たな賑わいの中心へと華やかに変身を遂げた「COCON KARASUMA」。京都・四条烏丸の地に、引き継がれた歴史に新たな歴史が重ねられていく。

COCON-KARASUMA1.jpg COCON-KARASUMA2.jpg

2005年09月08日

大阪・デパート戦争幕開け

昨日、記事にした「そごう・心斎橋本店」のオープンは、そごうにとって、再生のシンボルであり、新たな未来へ向けての船出であった。

だが大阪では、この開業を皮切りに、“デパート戦争”への幕開けであるとも言われている。

□今後の大阪・百貨店動向□
・2006年 丸井、東宝が建て替えを予定している南海難波駅北の映画館「南街会館」の跡地に進出。丸井は新しい映画館とともに、新築する商業ビルの核テナントになる予定。
・2009年 高島屋、オフィス棟の跡地に新館建設。(約20,000u増床)
・2011年 三越の大阪北ビルへの出店。〈約50,000u〉
・2011年 阪急百貨店うめだ本店の建て替え、地上41階地下2階建ての複合ビル低層階部分に出店。(百貨店部分は約84,000u)単独店舗として日本最大級となる売り場面積予定。
・2011年 大丸梅田店の約20,000u増床、計約60,000u予定。

以上の増床や出店により、2011年には大阪市内の百貨店売り場面積は、そごうOPEN前より約50%増加する予定という。“過当競争に陥り、各店の売り場効率の悪化を招く恐れがある(日本政策投資銀行関西支店)”という指摘も出てきている。

消費者にとって、選べる場の多い豊かさは、それがともに繁栄につながっていくものであるならば、うれしいものである。
過当競争に陥るのではなく、それぞれが大阪をより活性化させ繁栄させるための街づくりの一端を担っていく、そんな“戦争”ではなく、より成長するためのものであってほしい。
そごうに門出を祝う心持ちで訪れ、改めてそう感じた。

2005年09月07日

そごう・心斎橋本店 オープン

そごう心斎橋ポスター.jpg
【住所】大阪市中央区心斎橋筋1-8-3
【TEL】06-6281-3111(大代表)
【営業時間】AM10:00〜PM8:30
13階レストラン街 AM11:00〜PM10:00

【創業】1830年(天保元年)
【経営】鰍サごう
【設計・施工】樺|中工務店
【デザイン・トータルディレクター】
キャリソン・アーキテクチャー社

【関連HP】http://www2.sogo-gogo.com/common/shinsaibashi/

大手百貨店そごうが、本日7日、その創業の地である大阪・心斎橋の旧大阪店跡地に本店を開業した。2000年の経営破綻に伴って閉鎖した旧大阪店を建て替え、本社登記も6月初旬まで横浜市に置いていたものを心斎橋に移しての、大阪を本拠とする百貨店として5年ぶりの再出発である。
地下2階、地上14階建て。売り場面積は約4万uと百貨店としては中規模クラスで、初年度の売上高目標は500億円としている。中高年を主要顧客に想定し、日本初登場となる英国王室御用達の宝飾ブランド店「アスプレイ」など海外専門店のほか、趣味を重視した昭和初期の大阪の街並みを再現した専門店や、高級中古カメラ・和紙や盆栽の専門店など従来の百貨店にない個性的な店づくりも行われている。また地下では"なにわ食品館"として、大阪ならではの食品専門店も揃えられている。

全体の設計施工監理は、 樺|中工務店が担当。デザイン面では、建築から内装までの一貫したデザインコンセプトを実現する上で、アメリカの商業施設デザインで評価が高いキャリソン・アーキテクチャー社をトータルディレクターに迎え、竹中工務店、乃村工藝社をはじめ個人で評価されているデザイナーを含めた約30名によって構成された。
再生特別区指定を踏まえ、心斎橋復権と新しい大阪を担う建築物を創ることを基本とし、歴史性を踏まえた風格ある街並みの形成や、御堂筋沿道における歩道と一体となった敷地内の歩行者空間の確保などに配慮してきたとのこと。
外観のデザインコンセプトは「フェミニン(優雅な女性美)」、様式は「アールヌーボー」。昼と夕方で併せガラスの銀杏(大阪の木)のモチーフが表情を変える正面エントランスが、新たな心斎橋の顔として美しくきらめき、御堂筋から心斎橋筋に抜ける7m幅のパサージュは、贅沢な時間を満喫できる趣きをそなえている。

オープニングセレモニーでは、内村俊一郎社長が「楽しくなければ百貨店ではない、との原点に戻り、仕掛けを凝らしました」と述べ、来賓の関淳一大阪市長が、1935年に竣工した旧大阪店の鍵を使い“未来への扉”に擬した箱を開ける演出で、創業地での復活をアピールした。

2003年、惜しまれながらこの新本店建設のために取り壊された建築家・村野藤吾の名作であった旧大阪店は、 当時独立したばかりであった村野藤吾に「そごうの命運の6割は建物にかかっている」と告げたエピソードがあるほどの、そごうにとって大きな賭けと決断をもって行われた社運をかけた大事業であった。それを建て替え、その鍵からまた新たな扉を開いたそごう。

開店前には約2500人が列をつくり、開店後はさらに客の列が100m以上に延び、入店までの待ち時間が30分という盛況ぶりとなった門出が、"なにわ遊覧百貨店”というフレーズのごとく、今後も楽しさと賑わいにあふれ、大阪・ミナミの活性化へとつながっていってほしい。

そごう心斎橋1.jpg そごう心斎橋2.jpg
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